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鎮守府の床屋
後編
7.最後の客
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ス子が命がけで艦隊を足止めした意味がない。川内が命がけでそのことを知らせてくれた意味がない」
「ビス子や川内はあんたたちに死んでほしくないから命がけで知らせたんじゃないのかよ?! だったら逃げろよ!!」
「ダメだよ。まだ市街地の避難が終わってないし、なにより俺達がここで逃げたら、戦火は市街地まで及ぶ。市街地も守るのが、俺達の仕事だ」

 今更ながら気付いた。俺の肩を掴む提督さんの手は震えていた。本当はきっと、提督さんも怖いんだ。俺や市街地を命がけで守る決意をしている提督さんでも、やはり怖いんだ……

 それでも提督さんは、震える手で俺を力づけ、自身に鞭打って立ち向かおうとしている。命を投げ捨てて、自分の仕事をしようとしている。

 そう考えると、確実に生きることが出来る選択肢があるのに、『ココに残る』と駄々をこねている自分が情けなくなってきた。俺に何か出来ることがないか考えたが……俺にできることなぞ何もなかった。俺は所詮、床屋でしかなかった。

「……俺は……何かできる事はないんすか……この鎮守府のために」
「逃げてくれ。そして生き延びてくれ」

 俺の肩から手を離し、提督さんは自分の机に戻って引き出しを開けた。そしてその引き出しから写真を一枚取り出し、それを俺に見せてくれた。1番楽しかった瞬間を切り取った写真だった。

「……これを」
「これは……秋祭りの時の……?」
「ああ。ここに来てくれた記念に、持って行ってくれ」

 写真には、おれがここに来た時のままのみんなが、元気に写っていた。暁ちゃんとビス子、川内も元気な姿を見せていた。ほんの数週間前のことのはずなのに、もうずいぶん昔のことのように感じた。

「……いやだ。あんたが持っててくれ。こんな最期の頼みみたいなことするな」
「頼むよ」
「……いやだ!!」

 いやだ。受け取れない。受け取りたくない。受け取ったら、この鎮守府での生活が思い出になってしまう。いやだ。これからもここでみんなと過ごしたいのに、これじゃあ一生の宝物になってしまう。日常のままにしておきたいんだ。

 一向に受け取ろうとしない俺を見かねて、提督さんは俺の懐のポケットに写真を入れてくれた。この鎮守府での生活が、思い出になってしまった。一生の宝物になってしまった。俺の鎮守府での生活は、たった今終わってしまった。バーバーちょもらんまは今日、閉店する。

「……分かった。俺は出て行く。でも提督さんも約束してください」
「何をだ?」
「絶対に生き延びて下さい。スイートハニー隼鷹と一緒に、生き延びて平和な世界で暮らして下さい」

 人と話をしていると、『それはウソだ』とすぐに見破れる言葉がある。たとえば母親にイタズラが見つかった時、『怒らないから本当のことを言いなさい』と言われる。
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