竜の見る泡沫
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合わせてくれなくて、やはり切なさに胸が痛む。
温もりを求めるように、彼女は白羽扇を腰から抜く。どうにか表情を隠そうと口元に持って行き、唇を噛みしめた。
「……お久しぶりです、秋斗さん」
唐突に口に出したのはそんな言葉。話題の流れも断ち切り、彼女はそちらを優先した。どちらにしても彼はその程度分かっているはずだと知っていたから。
自分のことを見て欲しくて、彼と目を合わせたくて、どうにか紡いだのが他愛ない挨拶だった。
机上にやっていた彼の目が細められる。ゆるりと閉じて行く瞼。やはり彼は、朱里と目を合わせようとしなかった。
「……旧交を深めるつもりはないんだ、“諸葛亮ちゃん”」
「っ!」
ぐ、と言葉に詰まる。
前まで呼ばれていたはずの真名が呼ばれず、朱里の心に引き裂かれるような痛みが走った。
出会った頃はそう呼ばれていた。あの時とは違う自身の心が、そう呼ばれることを拒絶する。
もしかしたら、雛里が桃香に行ったような真名を返還されるのではないかと恐怖が滲み出る。
ふるふると首を振った彼から目が離せない。次に何がその唇から出てくるのかと、朱里の呼吸が緊張と恐怖に荒くなる。
憎しみを受ける程のことをしたのだ、怨まれるような裏切りを行ったのだ、彼を信じなかったのは……自分なのだ。
頭に巣食う黒いケモノが己の罪を突き付ける。しかし同時に、甘い提案も囁いてくる。
欲しいのなら奪い取ればいい。憎まれても怨まれても、絶対に離れないようにしてやればいい。
自分達がやっている事の最果てはきっと其処なのだ。信念を以って曲がらないモノを諦観に塗れさせ、己の欲望を叶えよう。
心を捻じ曲げて溺れさせれば、いつかはこちらを向いてくれる。
――だからもう、逃がさない。
この程度の痛みは、二度と会えなくなるよりマシだ。憎しみという歪なカタチでも繋がっているならそれでいい。
どうにか恐怖を振り払う。この益州でのコトが終わりさえすれば、きっと彼との時間が手に入ると信じて。
思考に潜る中で不意に、ちゃり……と彼の胸元から音が鳴った。彼がナニカを握って音が出た。
目を向けた其処には羽の首飾り。
凝視した。頬が引き攣る。胸の中に負の感情が入り混じって行く……嫉妬の冷たい炎が、燃え上がる。
――雛里ちゃんばっかり……ズルいよ。
「……分かりました。では建設的なお話をしましょう」
「そうしてくれると助かるよ」
どうにか声には乗せずに言い切った。対する彼の声も、昔のような暖かさは無かった。
悲鳴を上げそうな心を抑え付けて、朱里は漸く彼から目を切った。
「クク……それじゃあ取引きと行こうか。
劉備軍は益州を安定させたい。俺達は西涼との戦を邪魔されたくない
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