竜の見る泡沫
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時間を稼がれれば稼がれる程に開いてしまう。私達にはやはり、猶予が無い。
分かっていた。安穏と懐柔策などしている場合ではないと。
知っていた。立ちはだかる壁は、己の主が思っているほど低くは無いのだと。
なればこそ推し通した孫呉への救援による総合兵力の拡充も、彼自らが赴いて来た今回の出来事でプラスマイナスゼロ……いや、マイナスである。
油断のならない隣人は得たが、内部不振という不可測が与えられた。後々まで響かせないようにするには戦しかない。
――そう、戦しかない。
クスリ……と朱里は笑う。
彼が此処に来たのは僥倖だった。彼でなければこうはならない。黒麒麟が掻き乱しに来たから、劉備軍は益州で戦をするしかなくなった。
例えば他の誰かが同じことをしても、劉璋への忠義は発起しなかっただろう。
曹操軍の誰かが同じ論理を口にして、あまつさえ曹孟徳自らが出向いたとしても、それは死への恐怖に駆られた怯えからの反抗でしかなく……桃香が説く優しい世界は身内同士の諍い程度ならば収束させられる。恐怖に駆られ、脅しに屈したモノを……劉璋以外を殺せば済むだけで落ち着けるのだから。
しかしながら忠義を持たされてしまうと侵略者への抵抗力は否応にも増す。元々益州は血への信仰が根強く、忠を宿した臣は頑固モノで曲がらない。桔梗しかり、紫苑しかり。
自分なりに納得する理由がなければ従わない傾向はあった。それを危ういと思っていたからこそ、最有力な戦力である桔梗や紫苑を朱里はまず無力化した。
残るは地方を任されている幾人かだけ。本来なら紫苑や桔梗を向かわせて和睦に導くはずであったが、擽られた想いは止まらない。なにせ、ほぼほぼこちら側に引き込めたと実感していた桔梗でさえ、劉璋への忠義が再燃したのだから。
益州にとっては最悪の事態になっている。地方からの使者が訪れていると聞いているし、彼がこんな場所で手を拱いているだけのはずもない。
もうすぐこの地は血に塗れることになるだろう。
――でも、それでいい。
朱里は思う。益州は戦火に沈んでもいい、と。
今回は“益州にとっては最悪”だった。
しかし裏を返せば……劉備軍にとっては追い風でもある。
なにせ劉備軍は、劉璋を失墜させれば益州全てを手に入れられるのだから。
桃香の力である民の風聞を失わず、内部の不和に繋がる禍根を元から断つことが出来て、万全とはいかないまでも不安が解消された状態で曹操軍と戦えるのだ。
――だから私達は今回、如何に“人”を失わずに勝つか……それが課題。
そっと、朱里は唇に指を当てた。
彼が仕掛けてきた策を有効活用するにはどうすればいいか、最近はいつでも考えている。今日はそれとは別の思考が胸を焦がす。
見つめても見つめても
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