竜の見る泡沫
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座っていいと手だけで合図して今の状況である。
警備のいかつい兵士がお茶を並べてどれだけの時間が経っただろうか。朱里は何も言わなかった。言えなかった。
何から話していいか分からない……のではない。
――嗚呼……
嘆息。一息が熱く甘い。熱っぽくなる頬と胸。じわりと湧き出してきそうになる情欲。
――もう少し……もう少しだけ……
もう二度と手に入らないと思っていた時間が此処にある。
夢にまで見た彼との二人きりの時間が此処にある。
ただただ朱里は、彼の側に居たかった。
何か言葉を交わしてしまえば終わってしまう時間。永劫に続けばいいとすら思えてくるような甘美な一時。
何を想って、何を描いて、何を狙っているのか。
二人で描く共同作業の乱世は、朱里が壊してしまった過去のモノ。だからこそ、今この時が愛おしい。
しかしながら、彼女の儚い願いは叶わず泡沫と消え行く。
ゆったりと、ゆっくりと、彼の手が伸ばされる。
こかされた茶色の駒を机上から取り除き、ベキ……と指で真っ二つに折った。もう一つの手で碧の駒を動かし、益州の中央へと導いていく。
最後に彼は百の文字を蒼に宛がい、二十五の文字を碧に宛がい、三十五の文字を紅に宛がった。
「……これでいいかね?」
ゾクリ、と朱里の背筋に快感が走る。
願ってやまなかった彼の声が耳に入ったから、そして机上の絵図が……最終戦を示唆したモノだと理解して。
描いて来た未来のカタチは幾重もある。その中で最も兵力差の少ない絵図が此れである。
最終的に徴兵して集めることが出来るのは各々……百と、二十五と、三十五。
自分達の四倍、孫呉の約三倍の兵力を曹操軍は持っているのだ。二つが組んでも足りず、足並みを揃えるとなれば通常の兵力として考えることも出来ない。
きゅうと締まる胸を抑えて、朱里は桜色の唇を震わせた。
「南蛮、益州の新参兵、西涼の残党、荊州の劉備派を入れて二十五。
孫呉には荊州での新たな兵数も含めて三十五。そして曹操軍は……」
途中、ふっと彼が息を付く。目線はまだ合わせてくれなかった。それが寂しくて、求めるように彼女は眉を寄せてじっと見つめた。
「察しの通り、幽州の全てと河北の半数は入れてない。
“お前さんらと違って外敵への対応力を残してこの数だ”」
元より華琳と彼は目の前の戦だけに重点を置かない。華琳は本気で戦いたい時は盤外からの横やりを嫌い、彼は不可測の一手こそ恐れる。故に大陸の乱世にとって一番の邪魔ものである外敵に意識を向けている。
華琳と秋斗が麗羽を生かしているのも、月を華琳の義妹として扱うのも、幽州を彼の色に染めずに居るのも、全てはその為。
――絶望的な兵力差と自力の差。それに
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