竜の見る泡沫
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呼び名に浮かべる嫌悪をカタチに表しても、やれやれと首を振ってから朱里の頭をぐしぐしと撫でた。
「はわわっ」
「話は終わりだって言っただろ? これ以上は話をしてなんかやんないね。俺はあくまでお前さんらが勝利する確率の一番高い事象を示したに過ぎないんだから、後はこの白羽扇で切り拓けばいい」
首に回されていた腕を外して彼は立ち上がる。
いつの間にか落ちていた白羽扇を彼女の手に渡して、彼はゆっくりと背を向け……ピタリと止まる。
「あー……一応聞いておくけど、益州での硝石の採集高はどれくらいだ?」
「しょ、硝石、ですか? それほど高くないと思いますが……」
「そっか。娘々の食材保存の為に硝石が必要なんだが、それならこっちから補充させた方がいいな。教えてくれてありがと」
最後に向けられた他愛ない質問が余計に、平穏な時間を好きな彼らしくて泣きそうになった。
もっと……と欲が出る。過ごした時間はあまりに短い。
「ま……待ってっ……」
手を伸ばす。届かない。
するりと離れる外套。朱里の身体は椅子から大地に落ちた。
「ま、待って……秋斗さん……」
切ない呼び声にも答えることなく、彼は一歩一歩と離れて行く。
遠くなっていく背中を見つめるだけで……
――“また、私は空に届かない”
擦りむいた掌から赤い血が滲んでいた。
大地に沁み込む涙に反して、自分の口元は自嘲の笑みを刻んでいた。
彼に出会えば何かが変わると思った。決意は固められたモノの何も変わらず、突き付けられたのは壁の高さだけ。
しかして遠く、彼が立ち止まった。僅かな希望が胸に湧く。
ゆっくりと振り向いた彼の眼は、黒く黒く澱んでいた。
「……ああそうだ。お前さんにだけ話しておこうか」
遠いはずなのにやけにはっきりと聞こえる声は、朱里の脳髄に刻まれる。
聞きたくないと耳を塞ぎたくなった。それは彼の眼が、全く自分を映していなかったからかもしれない。
「俺は劉備軍所属時の記憶を失ってんだ。“鳳統ちゃん”との思い出も、公孫賛や趙雲、関靖との思い出も、全部が無くなっちまった」
真っ白になる思考はどれだけ回そうとも紡げない。
彼の言っていることが何も理解出来なくなった。
やけにはっきり聞こえた親友の名前は、彼がいつも真名で呼んでいたはずだから……これが事実なのだと理解するしかなくて。
真名を呼ばなかったのではなく呼べなかったという事実をも読み取ってしまい、胸が……引き裂かれる。
「全ては俺の弱さが招いた事態だが、そのせいで誰かが悲しむのは見たくないんだ」
虚ろに響くその声には、寂寥と懺悔が宿っていた。
渇いて仕方ない飢えの感情は、より深く色付いていた。
その笑顔だけ
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