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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十話 宴の始末は模糊として
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船は大した武装を積んでいるわけではない、精々が大型臼砲程度だ。
熱水機関はまだ小型化はまだ発展途上である。だがそれでも陸兵団と協同されると軽砲しかもたぬ〈帝国〉の先鋒部隊には厄介なものであった。

「東沿道の防衛についてはしばしの間であればどうにかできるが陸兵団も通商破壊に従事させたいと考えている、そもそも陸軍でいえばせいぜい一個旅団程度の部隊だ、〈帝国〉軍が本腰を入れたら抵抗は難しい」

「北領と龍口湾を往復する兵員輸送の頻度、導術観測情報から9月中旬から下旬の内に再編を完了するであろうと推測されている」

会議室が数寸の間ざわめく、少なからず敵に損害を与えることに成功したがそれも戦略的大敗の慰めにしかならず、そしてその慰めの種もついに尽きる時が来たのだ。

 ――さてどうするべきか。

 議場に飛び交う言葉に耳を澄ませながらもの馬堂豊守の頭脳は猛回転している。四十半ばを過ぎて准将といえば家格に比すれば幾分か早い。ましてや准将昇進と同時に官房総務課理事官という重職についている。
こうした異様な抜擢は〈皇国〉五将家に連なる家格の高さによるもの、というわけはない。馬堂家は確かに名門である。駒州でも有数の牧主が駒城家に見いだされたとされている――要するに駒州最大の資源であった名馬の畜産を駒城家が支配する過程で重臣としての地位を確固としたものとしたのである。そして駒城家が五将家の雄と謳われる時には益満家に次ぐ席次を得ていたのだ。
しかし、であるからといってそれだけが齎した結果ではない。成程、名家ではある。だがそれだけで〈皇国〉軍という巨大な扇の要を任されるような事はない。

 ならばこの男が順当に実績を積み上げた末である、というわけでもない。この男は確かに駒城家重臣団の中でも一目置かれる調整力と管理能力を持っている。そして四半世紀前には荒野と成り果ててしまった東州で足掻き続けた輜重中尉であった。
 仮は輜重将校としては珍しいことに野戦銃兵章の略綬を身に着けている。東州で彼もまた血を流し、今では片脚を杖で支えている。つまり最もおぞましい焦土の中で大軍を動かす現実を知りつくしているのだ。
 だが、それだけが齎した結果ではない。成程、馬堂豊守は優秀な軍官僚である。だがそれだけで五将家と衆民共の思惑が跋扈する兵部大臣官房三課の次席を任されるような事はない。

 つまり馬堂豊守理事官という存在は、能力と出自の両立。そして名門たる馬堂家の一粒胤である馬堂豊久が北領の英雄として戦死したものと思われていたことが重なった一種の奇跡であった。

 豊守は痛む脚を無意識にさする。焼き払われた荒野、匪賊と化した東州の兵達、赤熱した鉄槌で膝を砕かれたような激痛、悲鳴。

 あの時にはこれ以上あのような破綻した戦争を繰り返す無様をさらけ出すものか
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