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鎮守府の床屋
前編
4.初戦
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「まぁ……いいけどさー」

 球磨を厳かに散髪台に案内し、椅子に座らせる。座らせた後、シートを首に巻き、俺はキャリーのついた椅子に座って、球磨のアホ毛を観察した。

「見れば見るほど、切りたくなってくるアホ毛だ……」

 アホ毛は、これから自身が球磨から切断されるという己の運命にまだ気付いてないのだろう……いつものようにピコピコと元気よく動き、その異様な存在感をこれでもかとアピールしている……

「……お客様」
「クマ?」
「このアホ毛……切ってもよろしいな?」
「あくまで客の同意を得た上で仕事しようというその心意気……クックックッ……あっぱれだクマ」
「お褒めいただき光栄だ」
「……任せるクマ……さあ、切ってみるがいいクマッ!!」

 球磨の同意を得た俺は、おもむろにアホ毛に霧吹きを向け、ひたすらに水を吹きかけた。強靭に直立したアホ毛に水分が浸透し、今までは、乾燥したもふもふとした手触りを視覚から訴えていたアホ毛がしっとりと濡れ、切られる準備が整ったことを告げる。

「では……切らせていただこうッ!!」

 水分を含み、それでもまだそびえ立つアホ毛の根本に、俺はハサミを当てて……

――さくっ

 ついにアホ毛を切断した。その瞬間俺の脳裏に浮かんだのは、ついに悲願を達成した喜びではなく、達成してしまった悲しみだった。

「やった……! ついに……ついに妖怪アホ毛女のアホ毛を……ついに……」

 胸に去来する虚無感と共に俺の脳裏に浮かび上がったのは、今球磨の足元に落ちたアホ毛との初めての出会い……俺の腹に拳を捩じ込んで来た女の頭上でピコピコと動き、俺が投げたせっけんをその身に受け止め……憎きアホ毛女の頭上で、いつも俺をあざ笑うようにピコピコと動いていたアホ毛。おれはついに成敗した。この憎きアホ毛を成敗したのだ……それなのに……俺の胸に押し寄せるこの虚無感は一体何だ……この地に店を構えて約二ヶ月……こいつを切ることだけを……ただそれだけを恋焦がれるように待ちわびて……

「ハルー」

 俺がアホ毛切断の儀式を終えたことで無駄に大げさな達成感を感じて陶酔していたら、読んでるマンガから目をそらさずに北上が声をかけてきた。邪魔をするなよ北上。

「なんだよ。邪魔するなよ今おれは仕事をやり終えた達成感に酔ってるんだから」
「いやー、それはいいんだけどさ」
「?」
「球磨姉の頭、見てみなよ」
「? 頭、球磨の?」
「うん」
「……」

 そうだ。俺は切られたアホ毛の方にばかり気が向いて、肝心の球磨の頭に……アホ毛跡にまったく気が向いてなかった。確認しなければ。確実に仕事を遂行するためには、確認をしなければならない。

「……」
「……?! ま、まさかこんなッ?!!」
「クックッ
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