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鎮守府の床屋
前編
3.賑やかな人たち
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 次は提督さん。まずは提督さんを座らせ、髪の様子を観察する。こうやって見ると、やはり男性にしては髪がやたら長くなっており、ビス子と同じく毛先が傷んでいる。これだけ長いと逆に毛先を整えて長髪を目指してもいいが……

「どうします?」
「バッサリやってくれ」
「了解です」

 提督さん本人の了解をもらい、俺はガッツリと提督さんの髪にハサミを入れていく。提督さんが座る椅子の下にみるみる溜まっていく髪。十数分の後、提督さんの周囲にはおびただしい量の髪がこんもりと積もっていた。

「どうっすか?」
「いいね。さっぱりした。爽快だよ」
「んじゃ次は髭剃りします」
「頼むよ」

 提督さんの顔に蒸しタオルを置き、ヒゲを蒸らして柔らかくする間、髭剃りクリームを泡立てて準備する。準備が整ったら髭の部分にクリームを塗り、慎重に髭を剃っていく……

「……」
「……」

 剃られてる側からしてみれば、髭にカミソリが入る瞬間の感触は、まさに至福の瞬間。それだけに気は抜けない。身だしなみを整えるだけなら自分で剃ればいい。床屋に来て髭を剃るのは、それだけの理由がある……それを理容師は客に提供しなければならない……理容師としても尊敬できる、死んだじい様の口癖だった。

「……」
「……」

 顔の右半分の髭を剃り終わった時だった。俺は残り半分の髭も剃るべく、カミソリの歯を提督さんの喉元に近づけた。

「……今がチャンスといったところか?」

 心臓を握り締められたかのような衝撃が俺を襲った。まさかこの男……俺が敵国のスパイであることをすべて察していた……?!

「行くかね。ざっくりと」

 提督さんは冷静に、落ち着き払ってそう言う。この男は今、俺が少し刃を立ててまっすぐ横にカミソリを引いてしまえば、自身の命が奪われるというこの状況において、まったく動揺することなく佇んでいる。

「……なぜ分かった?」
「今のこの鎮守府の状況を知った上で、それでもなお店を構えようというアホがいるとは思えん」
「そうか……はじめからすべて見破られていたか……」

 このセリフを言うのが精一杯だった。すでに俺の正体は割れていた。この男は、すべてを見破って、それでもなお俺を招き入れたというのか……。

「ああ……すべて……ブフッ」
「プッ……」
「おま……ブフォッ……お前の……」
「笑ったら台無しでしょていとくさん……デュフッ……」
「ハルこそ……ここで笑ったら……オフッ……」

 うん。いい人だ。この人いい人だ。こんな風に人とふざけあってくれる人が、悪い人であるはずがない。

「んじゃ残り頼むよ」
「途中で笑ったペナルティです。残り半分はこのままで」
「かんべんしてくれぇえッ?!」

 寸劇も終わり、残
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