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剣の丘に花は咲く 
第十六章 ド・オルニエールの安穏
第六話 ゆめ
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、ある程度の範囲にいたならば、どんな小さな声でも届けることが出来る仮面であった。玩具のような道具であるが、ある目的に使うには便利なものであった。

「その通り、このようなくだらぬ剣劇が、この伝統あるタニアリージュで催されるとは思いもしませんでした。これが今流行りの歌劇とは、全く恐ろしいものです」
「恐ろしいのはそれだけではない。何よりも昨今の陛下の治世だ。近衛に下賎な成り上がり者を使うだけに飽き足らず、今度は領地まで下賜されたと聞くぞ」
「全く、先々王の時代が懐かしい。貴族が貴族らしかったあの時代が……全ての者が己の分というものを弁えていたあの時代。それが今では平民どもまでが調子にのるような始末。昔からは想像もすることが出来ませんな」
「このままでは、祖国の土台が揺らいでしまうかもしれませんな」
 
 一人が口を開いた事を切っ掛けに、十人ほどの明らかに高位貴族とおもしき貴族たちが口々に現王政府に対する不満を口にし始める。

「その通り。だからこそわたくしは、皆さんにお集まりいただいたのです」

 段々と加熱していき、声も大きくなっていく中、彼らの背後から一人の年配の男の声が上がった。その声に、一斉に貴族たちは振り返った。背後にあるカーテンの隙間から姿を現したのは、黒いマントを羽織った長身の貴族であった。この場にいるどの貴族よりも見事な黒いマントを着こなしたその貴族の隣には、美しく着飾った婦人の姿もあった。現れた二人も、他の貴族たちと同じマスクをつけていた。
 新たに現れた男女二人の貴族の姿を見た席に座っていた貴族の誰かが、不意にその仮面の下の素顔に気付きその名を口にしようとした。が、それは当事者である年配の貴族の人差し指を唇に当てるという仕草に遮られた。

「既に手紙で伝えていた筈です。ここでその名前を口にしてはいけません。わたくしがあなた達の本名を口にしないのと同じように、です」
「そうでした。これはすみません。“灰色卿(グリ・シニヨール)”」

 慌てて頭を下げる貴族に、灰色卿と呼ばれた年配の貴族は口元を緩め頷いた。

「いえ、いえ構いませんよ。さて、ここに集まっていただいた方は、誰みが皆、王国の重鎮の中でも、更に選び抜かれた我らが祖国の尊き伝統と知性を受け継ぐ方々です。そんなあなた方に、わたくしの話を聞いて頂きたいと、こうして手紙をしたためた次第でございます」

 灰色卿と呼ばれた貴族が大げさな仕草で前置きを口にするが、集められた貴族の一人が「前書きはいい」とばかりに鬱陶しげに手を振る。しかし灰色卿は口を閉じることなく演説を続けた。

「皆さまもご存知の通り、今祖国は、目を覆わんばかりの現状です。しかしお若い陛下は、思慮も浅く衝動の赴くまま祖国が長年築き上げてきたあらゆる伝統を破壊しよとしているのです」

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