第十六章 ド・オルニエールの安穏
第六話 ゆめ
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―こんな、こんな一方的に蹂躙されるようなことは、一度たりともなかった。
出し惜しみなんかしていない。
全部―――全て出した―――出し切った。
切り札として用意していた薬も使った。
ジャネットも魔力を使い切るまで治癒魔法をかけてくれた。
なのに、それでも勝負にすらならなかった。
「う゛―――うぞ、だぁ……あり、あ゛り゛ぇな、ぁい……」
ボロボロと涙を流し、血泡を吹きながら否定する。視界の端に、自分と同じように泥濘に沈むジャネットの姿が映る。ピクリとも動かないその姿に、ゾクリと背筋に寒気が走った。
「―――っ―――」
もはや言葉も出てこない。
「―――――――――何処だ」
痙攣するように身体が震えた。
頭上から降りてくる男の声により、身体が震えた。
最強だった自分たちを蹂躙した化物が目の前に立つ。動かない筈の首が、恐怖により動き頭上を見上げた。
空は雲に覆われており、真円を描く双月の光は僅かにしか地上に降り注いでしかいない。そのため、自分を見下ろす化物の姿は見えない。
「―――何処にいる」
問いが、投げかけられる。
正直、耳を震わせる化物の声は、決して不快なものではなかった。それどころか独特の色気を含んだその声で囁けば、どんな女でも一瞬で落とすことが出来そうな魅力的な声であった。しかし、そんな魅力的な声が、今は何よりも恐ろしい。
―――何で、こんなことになったんだっけ……?
赤と黒が混じる泥濘に沈みながら、段々と霞がかる思考中、この化物との出会いを思い出す。
自分たちは……そう、“救国の英雄”と祭り上げられている英雄様を暗殺するために、その英雄様が最近与えられたという“ド・オルニエール”へと向かっていた……その途中で、この化物と会ったんだ。
―――そういえば、あの時もこいつは聞いてきたっけ……。
ちょうどジャネットと今回の暗殺で障害となるだろう人物として、“聖竜騎士”と呼ばれる女の話しをしていた時だった。
この化物は突然現れ聞いてきた―――「その女は何処にいる」と……。
不意に、強い風が吹いた。
その一陣の風は、空を覆っていた雲の一部を動かした。
僅かに空に生まれた傷から、一筋の月光が差し込む。
刃のように鋭い月光が、化物の姿を浮かび上がらせる。
多量の出血により霞む視界でもわかる美貌の中に、赤黒い憎悪に煮えたぎる両眼で見下ろしながら。
両の手に長短二本の槍を持つその男は、問いかけてきた。
「―――アルトリア・ペンドラゴンは何処にいる」
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