第十六章 ド・オルニエールの安穏
第六話 ゆめ
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度も―――何度も彼の名を呼ぶ。
少しでも彼を近くに感じたいから。
少しでも彼の事を考えたいから。
今宵もまた―――応えのない呼びかけを行う。
「し、ろう、さん―――しろうさん―――シロウ、さんっ―――シロウさんっ」
苦し気な声は、次第にその様相を変えていく。
甘く、柔らかく、囁くように、啄むように、彼の名を呼ぶ。
あの日―――彼を求めると決めてから、毎晩。
身体は疲れきり、疲労は極限。なのに、どうしても目が冴えてしまって。どうしても眠れない。頭に浮かぶのは、不安で嫌なことばかり。
だから、わたくしは慰める。
自分を。
彼の名を呼び、どろどろに心と身体が溶けてしまうまで、自分を慰める。
「っ―――ぁ―――し、しろう、さぁ、ん……っは、ぁ―――っくぅ」
段々と形をなさなくなっていく言葉。部屋の中に、粘着質の音が響き出す。汗とは明らかに違うもので、アンリエッタの身体が濡れていく。窓から差し込む月光が、ベッドの上で乱れる女の身体を浮き上がらせる。粘度さえ感じさせる甘い声で、アンリエッタは呼ぶ。自分を更に高めるために。時と共に加速度的に昂ぶり、身体の内から生じた熱の勢いはとどまる事を知らない。最早その勢いは誰にも止められない。
止める気もない。
茫洋と意識が形を無くし、遠く近くから光が生まれる。
衝動のままに声を上げた。
低くくぐもった、何処か獣の唸り声のような声を―――聴く者の本能を揺さぶるかのような淫蕩に浸った声で。
「っ―――ぁ、も、ぅっ―――っあ、ぁ、あい、愛して、いますっ―――っん」
応える者はいない愛の告白。
ただ自身を昂ぶらせるための言葉。
「っ愛しています―――シロウさんっ」
応える者は、いない―――
「―――ぇ……?」
―――筈であった。
「…………………………………………?」
白い光の中に飛び込もうとしたアンリエッタの意識が、あり得ざるべき声に強制的に引き戻された。焦点の合わない視線で、しかし顔だけを声が聞こえてきた方向へと向けた。
「……………………こ、こんばんわ」
「………………………………………………………………」
世界が静止した。
そう感じる程にその空間の時は凍りついていた。
物凄く気まずそうな顔で立ち尽くしていた男は、アンリエッタの視線に耐え兼ねたようにそろそろと後ろを向く。
「―――そ、その、だな。べ、別にわざとではないんだ。実際俺も何故ここに居るのか分からないくてな。だ、だから、その―――」
未だに動揺しているのだろう。男は必死な形相で身の潔白を説明し始める。
だが、当のアンリエッタはそんな男の声が聞こえないかのように、無言のままゆっくりと身
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