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第一章

                         鰻
 戦前の大阪の話である。東京の警視庁の方から大阪府警に対して連絡が入って来たのであった。
「えっ、連続殺人犯がこっちに来た!?」
「東京の方からですか」
「そうだ」
 口髭を生やした署長が部下に話す。その髭は見事なカイゼル髭であり見るからに厳しい。顔つきもその髭に相応しく厳しいものである。
「来たらしい。何でもだ」
「何でも?」
「それでどういう奴なんですか?」
「料理で人を殺すらしい」
 こう部下達に話すのであった。
「料理でだ」
「料理でといいますと」
「鉄砲で?」
「それでですか?」
 河豚のことである。関西では河豚のことをこう呼んでいるのだ。
「その毒で、ですか?」
「それでなのでしょうか」
「いや、河豚だけとは限らない」
 しかし署長はそれは否定した。
「どんな料理でもだ。毒を入れておいてそれでだ」
「殺すんですか」
「悪趣味な奴ですね」
「まずはその店に身分を偽って入りだ」
 署長はこのことも話した。
「そして頃合いを見てその店の人間の料理の中に毒を入れておいて」
「店の人間を皆殺しにする」
「そうするのですね」
「そして金を全部持って行く」
 しかもなのだった。金まで持って行くというのだ。
「殺してからな。それで姿を消す」
「完全に凶悪犯じゃないですか」
「そんなとんでもない奴が大阪に来たんですか」
「東京で既に五軒もやっている」
 署長は事件の数も話した。
「百人は殺している」
「百人ですか」
「もうそんなに」
「そのそいつが来た」 
 また言う署長だった。
「ただしだ。その名前も顔もわかってはいない」
「えっ、名前も顔も!?」
「わかっていないのですか」
「名前は常に変えていて顔は店の人間が全員殺されるから知られはしない」
「完璧ですね」
「そいつにとっては」
 つまり殺すのは証拠を消すという意味もあるのであった。つまりその殺人鬼はかなりの頭脳派でもある。そうしたことであった。
「そんな奴が来たとなると」
「何とかして捕まえないといけませんね」
「何があろうとしても」
「そうだ、捕まえる」
 それは何としてもというのだった。
「わかったな、そうするぞ」
「はい、わかりました」
「それで」
 それに頷く彼等だった。とにかく殺人鬼を捕まえることは決まった。さし当たってはその殺人鬼が皆殺しにしてきた店の種類が言われた。
「料亭だ」
「料亭ですか」
「和食ですね」
「そうだ、殺人鬼は和食の専門家だ」
 署長はこのことを話した。
「和食の。しかも名のある料亭に入るのだ」
「成程、料亭なら金もあります」
「それもあってですね」
「そうだ。だからそれで殺す」

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