暁 〜小説投稿サイト〜
王道を走れば:幻想にて
第四章、序の1:勧誘
[9/10]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
を引き立てるからな」

 慧卓の頸元にかかっていた紫のアミュレットを指でなぞりながら、マティウスは静かに言ってのけた。妖しい光を抱く宝玉に鋭い観察眼を注いで、レイモンドの耳に届かぬ小さな声で囁く。

「北嶺に行くならば、古代遺跡についても少しは知っておいた方が良いぞ。浪漫が海のように眠っているからな・・・これも喜ぶかもしれんぞ」
「えっ、それは、どういう・・・?」

 疑問に答える事無く、マティウスは足を扉の方へと運んでいく。そして躊躇いも無い足取りが扉の前ですっと止まり、ゆっくりとした動作で慧卓に振り返った。

「最後に聞きたいのだが・・・此処最近でだ、垂れ眉で、黄金色の垂れ目をした男を見ていないかね?身体つきはかなり屈強な奴で・・・噂では、北の方で狩人として生活を営んでいるそうな」

 ユミルの事を尋ねている。慧卓は胸をどきっと鳴らして答えようとするが、直ぐに表情を鎮めて口を閉ざした。答えの向かう先に佇んでいるレイモンドの視線がやけに鋭く、底が深く暗澹とした光を放っていたからだ。それは言うならば取逃がしていた獲物の臭いを嗅ぎ付けた猟師のそれであり、或いはこれから死に行く生物を仔細に眺める学者の如き表情であった。真正直に答えるのはいたく危険な香りがしてならなかった。

「・・・いえ。見ていませんよ」
「・・・・・・そうか。ではさらばだ、ケイタク君、執政長官殿」

 本心が読めぬ逡巡の後にマティウスは扉を開け放ち、その奥へと消え去っていく。ぎぃっという重たい音が響いて戸が閉まり、室内の二人が同時に溜息を吐いた。互いに同情気味の視線を交わす。消え去ったマティウスの背中をジト目で睨みながらレイモンドは呟いた。

「・・・やっと行ったか・・・」
「・・・あの方、どちらへ向かわれたのですか?」
「帝国だ。向こうと此方の魔術学院の協定によって、帝国内の魔術学校で共同研究をする予定となっておる。奴は其処で王国代表として研究をするのだ」
「ふーん・・・」

 人から嫌われそうな顔をしている一方で学院長の座に上り詰めただけあってか、それ相応の実力を持っているという事なのだろう。慧卓は其処まで考えて、自らが呼ばれた意味が既に無くなってしまったのだと気付いた。

「・・・あの、俺はこれから、どうすれば?」
「自分の部屋に帰れ。お前もさっさと出立の準備をしろ」
「あ、はい・・・失礼します」

 面倒事のように扱われて、慧卓はしゅんとして垂れ眉となりながら部屋から出て行った。残されたレイモンドは眉間に集中した皺を直そうと目をぱちくりとさせ、余計に顔の皺を重ね合わせていた。

「・・・今宵は、ミルカと寝るかな」

 そう呟いたレイモンドの顔は実に億劫とした皺が幾つも走っており、六十数年生きた彼の精神が、唯一人の老人との
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ