その瞳の遺したもの
[5/6]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初
きた。心の底から、俺は笑っていた。途切れ途切れに、笑っていた。
「じゃ、あ……一緒に、死のう、か……」
俺の言葉に猫は頷くように首を落とした。まだ、猫の瞳は俺のことを見上げていた。俺も、この猫から視線を外そうとはしなかった。
寒気はどこかに消えていた。正体の分からない感情は安堵に置き換わっていた。そう、俺は安堵していた。この世から去ることに。
もうこれ以上、苦しまずに済む。これ以上、無価値なことをせずに済む。そのことに、俺は心から安堵していた。
「……そ、うい、えば……むか、し、ねこを……かお、うとし、てたっけ……」
震える腕を持ち上げて、感覚のない指先で、俺は猫の顎を撫でてやった。かすかに猫が喉を鳴らしたような気がした。
次第に瞼が重くなっていく。持ち上げた腕が力なく落ちていく。俺は必死になって目を開け続けた。猫から視線を外さないようにした。
猫がか細い声で一度だけ鳴く。それから目を閉じて、息を吐いた。そして、ついに動かなくなった。
俺は安心して、眠るように瞼を閉じた。
敵の襲撃を受けた後、俺たちは本拠地から逃げ出すはめになった。
何度かの逃亡劇の末に敵を撃破することに成功。数日ぶりに戻ったときには、本拠地は爆破されて瓦礫の山になっていた。
“幸いなことに死傷者はほとんどいない”と俺は言われた。死んだのはたったひとりだったからだ。
地下牢には壁に縫い付けられるようにして死んでいる雄二がいた。足元には猫が一匹。最近、勝手に出入りするようになった野良猫だった。寄り添うようにして、死んでいた。
葬儀は非常に簡単に行われた。埋葬場所は本拠地のすぐそば。俺の提案で、猫も一緒に埋められることとなった。
それから数日後。本拠地の再建を進めてる横で、俺は墓に花を供えにきていた。墓には木造の十字架が建てられていた。こちらでの祈り方は分からないので、簡単な黙祷で済ませる。
「怜司」
墓の前に立っていると、蒼麻がやってきた。彼女も花を一輪供えると、少しの間、黙祷を捧げた。
俺も蒼麻も言葉を発せずにいた。他人事として捉えるにはあまりに近すぎて、墓の前で雄弁に語るには雄二はあまりに他人すぎた。
それでも俺は墓前で、言いたいことがあった。
「……雄二、おまえは、どうしたかったんだ。俺に、どうしてほしかったんだ」
俺には最後まで、雄二という人間のことが分からなかった。あいつは俺に、そして俺たちになにも話してはくれなかった。
気がつけば、桜さんも来ていた。彼女は俺や蒼麻よりもずっと長く、黙祷を捧げていた。
「俺は、どうすれば良かったんだろうな」
俺に問いかけに、桜さんも蒼麻も答えることができない。それに答えられる人間は、この場にはいなかった。
雄二、俺には、俺たちにはおまえのことが分からない
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ