風吹きて月は輝き
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格式を使うとすれば、身分を持たないモノには取り合わないという選択肢も、やはり存在する。
華琳が壊したいと思っているそういった思考への依存は根強い。古くからの慣習をいきなり無視すれば付いて来ない人々も出てくる。
それならばと、華琳は曹操軍で自分以外に唯一官位を持っている春蘭を使って交渉を行うことにした。
彼女本人が気付かぬ内に華琳が付けていた官位ではあるが、形骸化したとはいえ使える時もある。今回がその時であった。
官位持ちが来るとなれば話が変わる。迎える側も正しい手順で使者を扱わなければならないのだから。
ただ……春蘭と風が訪れた謁見の間の中は、彼女達二人に追随する一人の少女の存在によって、官位も格式も、全てが台無しとなっていた。
玉座の間で迎えた馬騰は、臣下達が誰も……否、娘と姪ですら知らない真実を一人知っているが故に、彼女――――月の存在を目に入れた瞬間に思考が止まった。
使者への挨拶を忘れるとは、長く西涼を纏めてきた王としては大失態と言っていい。
しかし、それほどにその少女が其処に“存在している”ことは馬騰にとって異常事態だったのだ。
「なっ……と……」
――董卓っ
口を突いて出かけた名を、どうにか馬騰は呑み込んだ。ぽろりと零さなかったのは僥倖だ。その名を口に出してしまえば、どんな不可測が起こるか分からないのだから。
眠たげな半目に冷たい色を浮かべて、風はその様子を静かに観察していた。
――ふむ……さすがは西の英雄。其処で踏みとどまれるとは思いませんでしたよ。
月を侍女姿で此処に連れてきたんは風の策略。わざとだ。馬騰に対して先手を取る為の。
此処で月の嘗ての名を呼ぶということは、臣下達に何がしかの芽を与えることになる。
董卓の名はもはや大陸全ての共通の敵であり、間違っても格式高い使者の連れに対して呼んでいいモノではない。
軍師にとってこの場は戦場だ。言葉を交わす前から戦は始まっている。曹操軍でも心理的な要素に重きを置く軍師は、月の存在を使って馬騰の心理的攪乱を第一手としていたのだ。
言葉は流さずとも驚愕に支配されている馬騰の瞳を、ワインレッドの輝きが真っ直ぐ射抜いていた。昔と変わらぬ、穏やかな微笑みを添えて。それがどれほどに馬騰の困惑を呼ぶか、分からぬ風ではない。
「おやぁ? 顔見知りですかねー?」
「っ……よう来られた、曹孟徳が右腕、夏候元譲殿、程c殿。おれが馬騰だ」
しょうこともなし、と風が語り掛けるもまずは名乗った。
そうやって無理矢理に意識を変えようと試みた馬騰の一手も、些か拙いながらも形式上は無視できないモノ。
馬騰の狼狽を見た配下達には僅かに疑念を植え付けられた、最低限は得た、と内心でほくそ笑みつつ風は拳を包み一礼を一つ。
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