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執務室の新人提督
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「では、失礼します。おやすみなさい提督」
「はいはい、おやすみ」

 退室する大淀を見送ってから、提督は軍服の襟を緩め第一ボタン、第二ボタンと外していく。いつも背を預ける執務机の椅子ではなく、来客用にと用意されている筈のソファーに腰を下ろし背もたれに寄りかかった。
 
「あぁー……きつい」

 しんどい、と提督は言わなかった。執務室に篭ってこそいるが、実際には休憩時間も多く、また時間を確保できればその分も休憩に回せる上に、仕事自体が簡単だ。提督に与えられる仕事は大した物ではなく、精々書類仕事で手が痛くなった、目が疲れた、といった程度だ。提督が口にしたのは、きつい、である。今現在、彼が置かれている状況が彼には少々きついのである。
 
「提督ってのは、なんなんだろうねぇー……」

 提督自身が提督と呼ばれる存在であるが、何を以って提督か分かっていない。ただ、彼の下にいる艦娘達は提督は提督であり、司令は司令であり、司令官は司令官であるのだ。ただそれら全てが彼を表す記号であるとするなら、
 
 ――凡庸たる身には過ぎたる荷物じゃああるまいかね? なぁ?

 軍服のボタンを全て外し、乱暴に脱いでソファーの上、自身の隣に投げつけ、提督は首を回した。暫しぼうっと天井を眺め、布団を出そうかと腰を上げかけて――
 
「お疲れなの……司令官?」
「――!!」

 声もなく悲鳴を上げた。提督の肩に置かれた手は小さく、冷たく、背後から耳元にかけられた吐息は暖かかった。提督は大淀が閉めていったドアを凝視してから、緩慢に後ろへと振り返った。
 そこに、少女が一人居た。
 長い艶やかな黒髪で右目を隠す、一種独特な服を着込んだその少女は。
 
「は、早霜……さん?」
「はい、司令官……私はこうして……いつも見てるだけ。見ています……いつでも……いつまでも」

 駆逐艦夕雲型17番艦、早霜であった。
 穏やかな相で何やら人を不安にさせる様な事を口にしていた早霜に、提督は疑問をぶつけた。

「は、早霜さん?」
「0000。0時です」
「時報じゃなくて」
「なんですか、司令官?」
「君、どうやって部屋に?」

 提督の僅かに震える声に、早霜は飼い主に撫でられた猫のように目を細め、提督の肩においていた手を緩やかに動かし、提督の肩の上で白魚の如き指を歩かせた。
 
 ――軍服の上着一枚と侮るなかれ、か?

 提督は隣に投げ捨てたそれに少しばかり意識を飛ばした。なぜなら、布一枚でもあれば、早霜の指の動き一つで背を振るわせたという事実を、隠せたかも知れなかったからだ。
 たった一枚、それが無いだけで、早霜は提督の反応を感じ取り更に目を細めてしまっている。駆逐艦娘であるのだから、何を大人の真似をしているのだ、と笑い飛ばしても
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