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逆さの砂時計
Side Story
無限不調和なカンタータ
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当てて深呼吸をくり返し。
 最後にすぅーっと、深く深く息を吸い込んで……


 風が、吹いた。


 ……なに……これ。
 男の歌声が私の全身を貫いて、森全体を震わせてる。
 森の木々が、流れる水が、森に棲むすべての生命が。
 恵みの雨を浴びているかのように、喜びを輪唱してる。

 『波』。
 これは、大気を揺るがす、澄んだ波動だ。

 たった今まで不快な低音ばかり出してた筈なのに。
 男が紡ぐ歌言葉の一音一音が。
 周囲の雑音を、美しい旋律へと()()()()()()()
 頭を痛めてた不快な音が、男の歌声でがらりと変化していく。
 耳の奥に高く低く響いて広がるのは、胸にも心地好い生命の和音。

 それなりに歌えた、ですって?
 冗談でしょ?
 こんな音、特性を持たないただの人間が自然に奏でられるとは思えない。
 何者なの、こいつ!?

「……こんな程度で……、え? ええ!? ど、どうしたの!?」

 歌い終えた男が、ぽろぽろと涙を溢す私を見て、オロオロとうろたえる。

 私だって困ってるわよ!
 勝手に流れ出して止まらないんだもの!
 こんな、魂にまで染み渡るような優しい音を聴くのは、初めてで……
 心臓が強く握られてるみたいに痛くて、苦しい。

「こんな……人間の分際で、よくも……っ! ムカつく!」
「えぇーっ!?」

 キッと睨みつけた私に。
 男は慌てて「ご、ごめんね」などと謝ってくるが。

 ふざけんじゃないわよ、この無自覚男!
 どの世界にも無かった快音を響かせておいて!
 なんなの、この自信の無さは!

 ありえない、ありえない、ありえない!
 感性と実力の均衡が全然釣り合ってない!
 宝の持ち腐れにもほどがある!

「あんた、しばらくここに居なさい! その歪みまくった自意識、この私がまっすぐに矯正してやる!」

 右手の人差し指を、男の胸に立てて宣言すれば。
 男は私の爪の先をじぃっと見て、首を傾げた。

「君と一緒に、この森で暮らすの?」
「そうよ。不満だろうが怖かろうが、そんなもん、知ったこっちゃないわ。私がそうしろって言ったんだから、そうしなさい!」
「うん。分かった」

 ずっこけたのは、あっさり頷かれた私のほうだ。
 男はのほほんとした表情で、自分の頭を掻きつつ辺りを見回して。
 どうやって寝よう? とか、食事はどうしよう? とか。
 ついさっき殺されかけた事実など歯牙にも掛けず、検討を始める。

 ……そりゃまあ、確かに、殺すのはやめたって言ったわよ?
 そのつもりもすっかり削がれちゃったし。
 でも、現実逃避中にしたって、いくらなんでもこの順応性は……

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