彼の齎す不可逆
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喰らうメシは美味いか? 信じてた民を見捨てて作り上げた平和は楽しいか? 俺達が作り上げたかった平穏を壊した孫呉と手を繋いで、何が欲しいんだ?」
重く、彼の声は身の芯まで響く。
捨てた大地、捨てた平穏、約束していたはずの未来。彼女が大徳として尽力した過去があるから、孫呉と手を繋ごうとしている今は許されるモノでは無い。
守ったのは誰か。四倍の軍をたかだか一部隊で跳ね除けたのも、虎の先遣部隊を絶望に落として蹴散らしたのも、十倍の袁家軍に大打撃を与えたのも、全ての名は黒き麒麟に収束されている。
乱世で民に信じられるのは、守った事実を残したモノだ。
故に彼の後ろには、桃香が捨てた徐州の人民全てが乗っている。例え記憶が無かろうと、過去も事実も変わらない。
桃香は力無くへたり込む。客分ゆえに、彼女を支える者は誰も居ない。普段なら居てくれる仲間も、劉璋の元では誰も居なかった。
心配げに目を向けるのは紫苑だけ。しかして場所が遠すぎて、桃香を支えるには視線だけでは足りなかった。
「お前が誰かと手を繋ごうとするからこの益州は狙われる事になった。争いを引き込んだのはお前なんだよ、劉備。厄介事を持ち込んでるって思ってる人もいるんじゃないか?
文官の方々も知ってるだろうに。お前が勝手に動いて、孫呉への救援を行ったんじゃぁないのかね? 街の噂でも聞いてるぞ?
劉備殿は大徳なり、弱りし隣人、果ては州一つにまで手を差し伸べるその在り方は、真に仁君として相応しい、とな」
大々的な宣伝を行っていた朱里と藍々の策を逆手に取った言い分は、文官達が抑え込んでいた不満を煽る起爆剤となり得る。
民心の操作は確かに有益だろう。不可測でもたらされる悪意の横やりがなければ。そして噂を信じる民だけが、彼女の国民だというのなら。
思考誘導は彼の十八番だ。一つだけではなく、幾重にも波紋を広げる論舌は、悪意を知りたるからこそ語るに落ちた。
――ちっ……黒麒麟の狙いは、俺の部下かっ
拙い、と思った時にはもう遅い。劉璋には彼の口から放たれた言葉を鎮める材料を持っていない。
火が灯る。不信の火が。主はこの女に騙されているのだと、昏い炎が燃え上がる。
其処に彼は……そっと最悪の感情に火を付けてやるだけでいい。
「俺達はやっと袁家を滅ぼした。明日死ぬ老人から、昨日生まれた赤子まで、袁家に長く仕えていた者も、浅く仕えていた者も……袁家の悉くを滅ぼした。
孫呉が先の謁見に矛盾して歯向かうってんなら、俺達は容赦しない。また一つ、大地が焦土になっちまう。
だから頼むよ……益州を守る龍を、誇り高き龍を守りし忠臣達……お前さん達だって、主の誇り高き血を後世に残したいだろう?」
震えあがったのは文官のほとんど。彼が与えた感情は
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