彼の齎す不可逆
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見落としている。文の内容を反芻してもその見落としが何かは分からない。
だから、黒から続けられる言葉、突如豹変した態度に、劉璋の表情が歪む。
「戦をしろなんざぁ誰も言っていないし命じていない。先の話を聞く限りだと人を傷つけずに従えることが出来る自信があるときた。それなら、お得意の話し合いでもなんでもすりゃあいい。
適任が一人いるだろ? なぁ……劉備?」
冷たい目。期待の一欠けらも持たない視線。桃香に向けられる黒は、彼女の心を締め付ける。
「ぶ、無礼ではないかっ!」
「徐公明っ! 一介の将如きがその口の利き方っ! 身の程を弁えよ!」
そんな桃香、劉璋すらおかまいなしに、ここぞとばかりに文官達が声を荒げた。
曲がりなりにも敬語を使っていた時ならいざ知らず、態度が崩れてしまえば使者として相応しくないと責めてもいい。詠の時は劉璋と言い合っていたから止めるに止められなかったが、今は別。
文官達はそれほど、今の謁見を終わらせたかった。
ただし、相対しているのは黒き大徳。責めても憤っても、なんら感情を動かさずにただ不敵に笑うだけ。
「ああ、こりゃ失礼。そろそろ飽きて来たんだ。元々堅苦しいのは苦手でね。
まあ……お前さんらがいくら喚こうと嫌がろうと、その戦乱の元が此処に居る限り曹孟徳は益州を虎視眈々と狙い続けるんだが……分かってないのかね?」
は……と呆れたように息を付いて語る。
すっと指を差した先に居るのは一人の女。彼ら文官が疎ましく思っていた大徳との呼び声高き少女……桃香であった。
「な……わ、私が……戦乱の、元?」
何を言っているか分からない。彼が自分のことを戦乱の元と言った意味が理解出来ない。
人々を救おうと動いている彼女には、彼の真意は分かり得ず、ただ首を振るだけ。ズキリ、と彼女の胸がまた痛んだ。
文官達は押し黙る。興味が湧いたのだ。話の矛先が自分達が不振に思っている桃香に向いたことで、聞いてみようという気になってしまった。
「だってそうだろ? お前が敵対を示さなければこの益州は戦乱に沈まない。俺達だって別に無抵抗の土地を攻めようってわけじゃあないんだ。
こちとら“諸葛亮や公孫賛を使って孫呉と密命を結ぼうとしてる事なんざお見通しなんだよ”。さすがに孫呉に肩入れするなら俺達は落とし前をつけて貰わなきゃならん。
曹孟徳は孫呉だけは絶対に従えると決めている。そんでもって……俺も徐州も、孫呉を許しちゃいないんだから」
ぎらりと黒瞳が輝いた。
記憶の喪失を知らない桃香にとって、彼の最後の言葉は弾劾として響く。
更には、此処で手を緩めるような彼でも、無い。引き裂かれた口から流れるのは、彼女の心を切り裂く最悪の刃。
「なぁ、劉備。
徐州を捨てて
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