彼の齎す不可逆
[4/12]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
奪わずともよい。龍に頭を垂れるように、陛下の御前に連行せよ。
ただし、孫呉の次女である孫権だけは忠義を示している……が、やはり血族である為に完全な信用は出来ぬ。彼の者を荊州牧に命じる故、協力して孫策と周瑜の二人を失墜させ、揚州の大地を漢の下に奪還すべし」
すらすらと語られる。詠は劉璋を見ることなく、読み終えた後で静かに書簡を丸め閉じた。
ついと歩み出る文官の一人にソレを渡し、嘘偽りの無い内容であると証明を一つ。
読み行く内に震える文官の顔が良く見えた。
この書を出したのは曹孟徳であるのは明らか。押印された曹の判を苛立たしげに睨みつけ、文官の一人は他の文官に回した。
「……俺達に虎退治をしろと?」
「最悪の場合は」
「袁家の圧政から揚州を解放した英雄とも取れるが?」
「賢き龍は暗殺によりて殺されました。謁見の日、孫呉のモノは彼の者に反発を示しております。さらに遣われた刃は揚州の刀鍛冶が打った一振りであり、都で出回っておらぬモノでした。動機は劉璋殿も良く知っているかと思われます。
何よりも、袁家に従い龍の住みたる大地を脅かし、妹を人質に取られているからと皇室よりも自らの家の安寧を優先したモノに、如何様な信を持てましょうや」
崩す論は持ち合わせていないな、と劉璋は思った。
そも、一族の内戦を勝ち取った劉璋にとって、孫呉の在り方は受け入れられないモノだ。
――家族の絆なんてもんを優先しやがる孫呉じゃあ、責められて当然だわな。
近しいモノによる血生臭い関係性は皇室である限り常に付きまとう。当人にその気がなかろうと、権力の恩恵を欲する臣下達は上に立つ者を掲げ上げようとしてきた。
派閥が出来上がり、誰かを蹴落とす為の策を巡らせ、昨日敵だったモノが今日は仲間になっていたり……誰を信ずることも出来ない泥沼。
其処に権力がある限り、人の欲望は止まらない。律することを望んでも、人間というモノは抜け穴を探し続けてしまうモノだ。
孫呉の在り方は皇室としては許していいモノではない。
誰の派閥に付くでなく、自分だけで成り立つ為に生きていると宣言しているに等しいのだから。
そのうち絆にも綻びが出るだろう、劉璋はそう思う。如何に家族の絆が強固とはいっても、何がしかの切片さえあればそんなモノは容易く崩れると彼はよく知っている。今はよくても未来では、と。
詠は劉協の側で月に仕えていた時期もあった為、誰よりも皇室の権力争いに精通している。故に劉璋の心の内を判断する事も出来た。
下から覗き込んだ劉璋の瞳にあるのは、心底めんどくさい、関わりたくないという無関心の色。
権力者達が行き着く一つの最果て。面倒事を嫌うその性質は、苦労を乗り越えて来たからこそ持ってしまうモノなのだ。
漢の臣とし
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ