彼の齎す不可逆
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ることだが、今蒸し返すことで一つの手札となる。
狡い遣り方に桔梗は歯を噛みしめ、桃香は苦く眉を寄せた。
「この俺に無断で勝手なことを……。
仕方ねぇ……手打ちとしてやる」
「ありがたく。ではこれにて……確かに文は渡し、我らの想いは伝えました。
お答えを頂くにはお時間が必要でしょう。ご愛顧を賜り陣を敷かせて頂いている場所にて一か月待たせて頂きます。心配なさらずとも問題は起こしません。覇王や帝の顔を汚すわけには行きませんし。
何時でも門は開けておりますので、返答はご随意に。ただ……」
拳を包んで頭を下げた秋斗は、にやりと笑う。
あふれ出るのは戦場での空気。文官たちの腰が引け、膝を折る者も出た。
「俺達を殺しに来るその時は二十倍の兵数を持って来い。たかだか五千と侮るな、我ら黒麒麟……首一つになるまで命を切り裂き、想いの華を捧げよう」
底冷えするような冷たい声は、その場にいる全員の胸に響き渡った。
戦場を経験しているモノだけが理解出来る声。
黒麒麟は今この時に命を賭けているのだと、桔梗と紫苑の二人にだけは伝わった。
「それでは……失礼いたします、劉璋殿。そして龍の忠臣の方々。
よりよいお返事を期待しております」
うやうやしくも拳をまた包み、彼と詠はペコリと頭を下げた。
背を向け、謁見の間を後にする。軍靴の音がやけに耳に残るように。
「あ……そうだった」
扉の手前、ピタリと立ち止まった彼は振り向き……悲哀溢れる目で背を見つめていた桃香を見据えた。
「俺が此処にいる間にもう一つ戦が起こる。遠く、西涼の大地にて馬の一族が断罪されるだろう。闇夜を照らす銀月の光を拒み、身の保身を願った誇り無き一族など滅びて当然。
龍に仕える方々も良く知っておくとよいかと。漢の忠臣と偽りし偽臣の末路を。
しかし……そんなやつらであっても救いたいんだろう? 救わないでいいのかね……仁君、劉玄徳?」
孫呉には手を差し伸べたのに、他の場所には手を差し伸べないのかと、彼はそう問うていた。
桃香に打ち込む楔を緩めることなく、何度も何度も、幾多も打ち込んで行く。
その程度だと、まるで興味なさげに目を切って。
その姿に、彼女の心はやはり虚無に堕ちて行く。
扉が閉まる音が静かに響いた。
心地悪い空気が場を支配していた。次第にざわめき出す室内。劉璋も止めようとしなかった。
彼の齎した不可逆は、劉璋の心にではなく臣下達の心に。一度根付いたモノはもう取り除けない。
まるで悪龍が去った後のようだと劉璋は思った。彼の者は人の心を操り掻き乱す今は亡き彼女と同じモノだと、この甘い世界の異端だと、そう思えた。
「……やっぱり……仲良く、出来ないの……秋斗さん……?」
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