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第一章
バレンタインに黒薔薇を
岸本冴子は何も知らなかった。
日本人であるが長い間外国にいた。それもフランスだのイタリアだのドイツだのといった国にだ。裕福な父の仕事先についていってである。生まれはフランスでそこからそういった国々を回ってきた。そのせいで国籍は日本だが日本のことは何一つ知らなかった。
黒く長い髪を後ろで束ねその目張りをしたかの様なはっきりとした二重の大きな目はやや釣り目である。口は大きく紅である。顔立ちは何処かスペインめいている。
肌は白く小柄であるがスタイルはいい。日本人でありながら何処か欧州の雰囲気を漂わせている。そんな女の子であった。今年十六になる。
その彼女が日本に来てまず驚いたことは。
「うわ、凄いですわね」
「凄いかな」
「別に凄くないわよね」
「ねえ」
その料理の多さである。それに驚かされたのだ。
「スパゲティにフォンデュにアイスバインにブイヤベースにパエリア」
「皆食べるわよ」
「ねえ」
「お家で作ったりしてね」
こう平気な顔で答える新しいクラスメイト達であった。日本の高校の女の子達はそうした様々な国の料理を前にしても平然としていた。
「ラーメン食べる?中国の」
「中華街でもないのにラーメンを?」
「普通にお店あるし」
「中華料理店のね」
「ねえ」
「何と・・・・・・」
冴子はここでまた大いに驚いたのであった。
「中華料理まで」
「タイ料理もあるしベトナム料理も」
「そうそう、ハンバーガーもあるわよ」
「タコスも」
「何でもありますのね」
ここまで聞いてあらためて唸る冴子であった。信じられないといった顔で。
「日本には」
「当然和食もあるわよ」
「おうどんに丼もね」
「おうどんに丼といいますと」
これは彼女にもわかった。伊達に両親が日本人ではない。家では両親が時々そうした料理も作ってくれたのだ。だがメインはやはりその時にいた国の料理であった。
「それもありますのね」
「お寿司や天麩羅も当然ね」
「ざる蕎麦もあるわよ」
「他にもお饅頭も」
「お饅頭も」
これも何とかわかった。日本のお菓子である。
「日本がこんなに食べ物の種類が多かったなんて」
「焼肉もあれば何でもあるし」
「何なら今日は徹底的に食べ歩こうよ」
「本当に色々あるんだから」
「え、ええ」
その新しい友人達の言葉に応える。そうして実際に色々なものを食べた。和食といっても焼きそばやたこ焼き、それに回天焼きといったものもである。他にもとにかく手当たり次第に食べまくるのだった。テニスをやっていなければ確実に太るところであった。
とにかく彼女はその日本の味を色々と知った。それでなのだった。
「日本って凄いのですわ
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