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ウラギリモノの英雄譚
デシイリ――紫雲幾子ノ帰還
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ような顔をした。
「悪いね、要。僕はまだ仕事をやり残してきてしまっているんだ。またすぐにここを発たないといけない」
「……」
 幾子は仕事で家を空けることが多かった。
 幼いころは、自分を置いて赤の他人のところに行く母を見送るのが嫌だった記憶もある。
 今回もそういうことなのだろう。

「同じ申し出を、もう彼女から受けてるんだ。弟子になれって」
「そうだったのかい? ……莉子君、面識のない人間がいきなりそんな申し入れをしたら、警戒(けいかい)されただろう」
「えへへ、断られた」
 莉子が頭をかく。
「そうか。それで……もし、うちの息子が心変わりしたら……」
「その時は、勿論喜んで教えるよ」
「そうかい。ありがとう」
 幾子が要の方を向いた。

「では、要。今日から君は彼女の弟子だ。頑張り給え」
「何を勝手に決めてるんだよ!」
「気に障ったかい? 師匠命令だ。頑張り給え」
「頑張れって……母さん!」
「よろしくね、要くん」
 待ってくれ。勝手に話を進めないで欲しい。と、要が訴える。
 しかし、
「最終試験日までの二週間でいい。彼女に教えを請うんだ。師匠の命令は絶対だよ。諦め給え」

 と、幾子に一蹴されてしまった。
「確かに、彼女に教えを請うたところで、要が次の試験に絶対合格が出来るとは限らない。……いや、はっきり言って望み薄だ。君が試験を受けるまでに体質が治るなんてことは、絶対にないだろう」
 幾子の言葉に嘘は感じられない。
「それでも、彼女はきっと要をヒーローにしてくれる」
 プロのヒーローでも在る、母幾子がそう断言する。
 要の、莉子を見る目が変わった。
 だけど、胸の中の迷いが消えない。
 ヒーローになんかなれないんだ。なれないなら、ならない。
 これはもう、要の決定だった。

「莉子くん」
「は、はい」
「悪いね、僕の息子はどうも頭で考えすぎるところがあってね……こんな息子だけど、よろしく頼むよ」
「あの、僕の意思は……?」
「はっは。師匠命令だと言っただろう?」
 弟子にとって、師匠の命令は絶対である。

 こうして、要は莉子の弟子にされてしまった。

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