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勝利者はない
第四章
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「かなり厄介な状況だ」
「戦争の後のごたごたが収まったかと思えば」
「今度はそれだ。しかし」
「しかし、ですか」
「恐慌はこれまでもあったが」
 イギリスの経済の中でだ、その歴史の中でイギリスは恐慌も何度も経験しているのだ。
「しかしそれはイギリスからだった」
「我が国が起こした恐慌ですね」
「その被害を自分が受けていた」
「そうしたものだったのですね」
「これまではな。だが」
「今回の恐慌は」
「アメリカからのものだ」
 イギリスからのものではなく、というのだ。
「あの国からのな」
「アメリカですか」
「植民地からなったあの国のな」
 ここでチャーチルはそのl国への皮肉も述べた。
「あの国から起こったものだ、恐慌は力のある国が起こすものだが」
「ではアメリカは」
「その力を手に入れた、イギリスにはもう力はない」
 恐慌を起こしてしまうだけのだ、恐慌を起こしてしまうことは惨事であるがその惨事を起こすにも力が必要だというのだ。
「そのことがわかった」
「我が国には」
「戦争前の葉巻はもっと美味かった」
「しかし今はですね」
「まずい、戦争中の葉巻もまずく」
 チャーチルは妻にさらに話した。
「勝った後の葉巻も前よりは美味くなかった」
「あの時貴方は喜んでおられましたが」
「違和感はあった」
 それこそがというのだ。
「葉巻が前より美味くなかった、スコッチも」
「そちらもですか」
「どちらもまずかった、そのまずい理由がようやくわかった」
「イギリスが、ですか」
「力を失っているのだよ」
「だから葉巻もまずいと」
「そういうことだよ。あの戦争で我々が勝っていたら」
 あの苦しい時、そして勝ったことを素直にその時は微かに感じただけのその時のことも思い出しつつの言葉だ。
「葉巻は美味いままで恐慌もだ」
「起こすことは失態ですね」
「しかしその失態を犯せた」
 他ならぬイギリスが、というのだ。
「それが出来た筈だ」
「そうなのですね」
「あの時私はイギリスは勝ったと思っていたが違った」
「では勝ったのは」
「言うまでもないことだと思うがね」
 チャーチルは妻の今の問いには答えなかった。その代わりにシニカルでそれでいてブラックなユーモアを含んだ笑みで応えた。
「そのことは」
「そうですね、確かに」
「おそらく私は戦争前の様な美味い葉巻を吸うことはもうない」
「ではこれからは」
「よりまずい葉巻を吸うだろう、葉巻がどれだけまずくなるか」
 こう言いつつもだった、チャーチルは葉巻を吸うのだった。葉巻から出る煙とその香りは昔のままに見えていたが違っていた。それは彼にわかることであり妻に語るのだった。


勝利者はない   完


              
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