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サウスポー
3部分:第三章
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第三章

「この左腕で」
「そして投げろ」
 今度の言葉は穏やかなものであった。
「ずっとな」
「はい、そうします」
 こうして彼は地元の公立中学に入った。その中学校の野球部に入りそこでもその左腕で相手チームをねじ伏せていった。変化球はカーブをたまに投げる程度だったがそれでもその速球とコントロールで相手チームを寄せ付けず自分の学校を栄冠に導いたのだった。
 中学の三年間は練習と試合に明け暮れた。そして高校に進学する時になってまた彼のところにスカウトが集まって来た。言われることは三年前と同じだった。
 だが彼は三年前とは違っていた。あの監督の言葉通り傲慢ではなかったがそれでも自分の考えを持つようにはなっていた。その彼が選んだのはここでも地元の公立高校だった。 
 しかしそこは普通の公立ではなかった。それこそ何十回も甲子園に出場し選抜優勝経験もある名門であった。彼が選んだのはそこだった。
「公立か!?今回も」
「何でまた。確かに名門だけれど」
「それでも。私立の方が待遇がいいのに」
「お金じゃないんだ」
 彼はこう考えていたのだった。
「お金じゃないんだ、僕は」
「じゃあ何なのかしら」
 母がここでその彼に尋ねるのだった。
「お金じゃなかったら」
「楽しく野球がやりたいんだ」
 これが彼の考えだった。
「この左腕でね」
「その左でなのね」
「うん」
 その自分の左腕を見ながら母の言葉に答えるのだった。
「野球をね。楽しくやりたいんだ」
「だからあの学校に入るの」
「確かに私立の方が待遇はいいよ」
 私立の特徴であった。一芸に秀でているとそれが優遇される。これはどうしてもあるものである。
「けれどね。僕は」
「あの学校で野球がしたいのね」
「駄目かな」
 ここで母に対して尋ねるのだった。
「それって。やっぱり」
「いえ、いいわ」
 だが母は優しい声で息子のその考えを受けて言うのだった。
「それでね。いいわ」
「そう。いいんだ」
「楽しく野球がやりたいのよね」
「そうなんだ」
「その左腕で」
 見れば母も彼の左腕を見ていた。自分と同じ利き腕になっているその左腕を。
「やりたいのね」
「ずっとね」
「じゃあ。そうしなさい」
 やはり我が子の考えを受け入れていた。
「あんたが望むようにね」
「そうさせてもらうよ。僕はやるよ」
「やりなさい」
 ここでも我が子の考えを受け入れていた。
「あんたが望むようにね」
「怪我はしないよ」
 このことは細心の注意を払っているのだった。この時も。
「そして偉いとも思わないよ」
「ただ。野球をしていくのね」
「うん」
 素直な声で母の言葉に頷く。
「ずっとね」
「そうしなさい」
 息子の考えを穏やかに受け止め続けてい
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