黒と繋ぎし想い華
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た全ての経験を脳髄から引きずり出していく。
此処からは一つも間違ってはいけない計算式。侮りも、優越も、歓喜も、高揚も、何もかもを捨て去り、この身この命この魂を、唯一つの刃へと変えんとす。
「……ずっと見てきた」
ぽつりと零した。焔耶は訳が分からずにどうでもいいと耳を傾けない。話すことすら無駄と断じた。
部隊長も、別に聞いて欲しかったわけではない。自身を切り替えるスイッチを押す為に、言の葉を零しただけなのだから。
「バカでへたれで優しくて厳しくて弱くて強い……あの人のことを」
いくら憧れても追いつけない。
いくら鍛えても辿り着けない。
いくら積み上げても同じになれない。
失われた最強の右腕でさえ……彼と肩を並べるには足手まとい。
軍神のように、燕人のように、昇龍のように、自分達は為れないのだと……徐晃隊の全ての兵士は“知っている”。
でも諦めきれないから、彼らは考えた。
すっと、部隊長の構えが変わる。
だらりと降ろした両腕はゆっくりと上がって行き、右手の剣を前に、左手の槍を後ろに。
「一つでいい。たった一つでいいんだ。俺らはバカだから誰だって……あの人の真似してぇって思っちまう」
後ろで見ていた秋斗は、一寸だけ目を見開いた。
寸分違わぬその構えは、その姿は、誰有ろう彼が一番よく知っているモノだったから。
子供が英雄に憧れるように、彼らは黒に憧れた。
必殺技の一つでも真似をしたくなるように、第四の部隊長はその構えを真似ていた。
俊足の縮地など出来ない。最速の刺突など絶対に出来ない。しかしこうして構えるだけで、まるで自分が強くなったかのように感じる。
自己暗示の効果は極限状態であればある程に増していく。部隊長の心身は、決死突撃の時と同じく最高潮に高まっていた。
「へへっ、かっこいいだろ? 括目しろよバカ野郎共、御大将に勝ってゆえゆえを嫁にする為のとっておき……見せてやらぁっ」
気合一拍。
憧れになりたいと願った最果て、皆に内緒で磨いてきた自分だけの姿に誇らしげな部隊長と、昨日に見た苛立ちを生む構えにギシリと歯軋りをした焔耶。
相対する静寂の間は僅かに……パチリ、と篝火の爆ぜる音を合図に、再び二人の影が動き出した。
†
泡沫のまほろばのように、遥か彼方に追いやられてしまった昔の記憶。
「……居なくなっちまった」
焚き火の側、星の下。器に入れられた酒にゆらゆらと揺れる赤を眺めて零した。
同じように火を囲む野郎共の顔も、何処か寂しさにやりきれない。
黄巾の終わりかけ、一つの戦いが終わった夜のこと。仲良くなった仲間の幾人が死んでしまった。俺が受け持った小隊での死者は初めてだった。
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