第一部
第二章 〜幽州戦記〜
四 〜誘(いざな)い〜
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ままならぬものだな、物事というものは。
理想を掲げ、それ故に失敗と転落の連続だった劉備。
私が、その轍を踏む訳にはいかぬな。
その日の深夜。
「ご主人様」
「愛紗か? このような夜更けに、どうした?」
「はっ、お休みのところ申し訳ございません。ご足労願えませぬか」
「どうしたというのだ、一体?」
「……朱儁将軍が、密かにお見えになりました」
朱儁が?
しかし、彼女は仮にも高官、密かでなくても、呼びつけられれば出向くしかないのだが。
「わかった。すぐに参る」
私は寝所から身を起こし、手早く身支度を調えた。
愛紗に付き添われ、陣の外まで出向く。
「土方殿。このような夜分に、済まぬな」
紛れもなく、朱儁がそこにいた。
「如何なされました? 将軍ともあろうお方が」
「いや……。貴殿に、今一度問いたいと思ってな」
「何でしょうか?」
「決心は変わらぬか? 貴殿程の人物、やはり手放すのは惜しい。ただの将ではなく、副官として迎えたいのだが」
副官、か。
……私の脳裏に、新撰組時代の事が浮かんだ。
だが、あの時とは違う。
「そこまでのお気持ちは、誠に忝い。ただ、答えは同じでござる」
「……そうか。残念だな」
「申し訳ござらぬ。ですが、お察し下され」
「いや、私の方こそ、無理強いするつもりはない。……これを、受け取って欲しい」
と、革袋を私に手渡してきた。
ずしりと重い手応え。
「これは、金?」
「そうだ。少ないが、私からの志だ。今の私に出来るのは、この程度だ」
「……では、遠慮なく頂戴仕る」
「それでは、達者でな。またいつの日か、再会を楽しみにしているぞ」
そう言い残し、朱儁は踵を返した。
「宜しいのですか、ご主人様」
「……言ったであろう、私の決意の訳は」
「……そうでしたね」
何故か、愛紗は微笑んでいる。
「どうかしたのか?」
「いえ。ではご主人様、戻りましょう」
「うむ。この金は、朝になったら稟と風に相談致そう」
「はっ」
ふと見上げた空には、無数の星が、瞬いている。
……寝る前に、一句捻るか。
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