道化師は桃の香に誘われず
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たいことをしてやろう……そんな顔してやがるな。
口元が緩みそうになるのを必死で抑えた。絡む視線、出来るだけ悪辣に見えるように口の端を持ち上げる。
いいな、と小さく呟いた。
――お前みたいな人間がちゃんと居てくれて本当に助かるよ。俺が探していた否定意見は、確かにあるってこったなぁ。
ふっと一息。反して自身の目的を胸の内に仕舞い込んだ。
劉備軍の影響下であっても彼女のような人間が居る、その事実が欲しかった。目的の一つが達成されたから満足したように目を瞑り、一度だけ首を振って思考を切り替える。
一応、と彼は星にも黒瞳を向かわせる。
彼女はずっと彼を見ていたようで不思議そうに眉を寄せていた。
じっと見つめてくる視線がむず痒い。彼女が黒麒麟の友だからだろうか、それとも記憶が無いことを看破されているのを恐れているのか。
いや、と内心だけで否定する。
きっと彼女の弾けるような笑顔を見てしまったから抑えが働いているのだ。負い目、といっていい。
彼が想うただ一人の少女も、そんな笑顔を見せていたから。
彼が想うただ一人の少女は、すぐ後に自分の発言によって絶望に堕ちたから。
だからだろう。秋斗は彼女の瞳を見据えながら、“今の彼が持つ感情”を必死に隠した。淡い想いを覗いてしまっては、もう引き返せなくなる、と。
目の前の女が見ているのは黒麒麟。“あの時”と同じ、自分では無い自分に向ける絶対の信頼と想念。
彼が向けそうになった感情は、“孤独による寂寥”と“決意による思遣”
相手は此処に自分という存在を必要としていない。
相手は此処に自分という異物を認めていない。
この世界に、黒麒麟以外の秋斗は必要ない……昔の秋斗を知るモノに会うたび、そう思う。
――それでいい。知らないままでいればいい。気遣いも、同情も、同調も、俺になんざ向けるべきじゃあ無い。
だから不敵に、ただ意地を張って、苦笑と共に内側だけで言の葉を流した。
――まだ待ってろ、趙雲。お前の友を戦友にはしてやれねぇが、必ず返してやるからよ。
ほんの一瞬。瞬きと共に消える一端。
―例え自分が泡沫の夢のように消えてしまおうと―
思うことなく自己確認さえしない最後の一節は、口に出すことも、誰かに悟らせることも無い本心の一滴。
今の彼にとって自身の存在など、これっぽっちも感心が無く。
誰それと幸せになりたいだの、生きて幸福を掴みたいだの……そういったモノは他者に渇望として与えるだけで、自身の心にそんな想いは皆無であった。
自分が消えるやも、と詠に言われても……胸に浮かぶのは納得の一言。消えるという確率に恐怖など感じない。予測していたことが現実に迫ったというだけなのだから。
た
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