道化師は桃の香に誘われず
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を浮かべる彼を見てきたのだ。その言葉にウソなど一つも混ざっていないと知っている。
ただ、それを知ったとて彼の続ける語りの先は読めるはずが無く、
「まあ、うん……でもやっぱり、この街に住もうとは思えない」
少しの間を以って部屋の空気が変わった。
先ほどまでと変わらない声音。当然の如く漏れた個人意見。
好きだといいながら住みたくないという訳のわからない解答には、誰であろうと疑問を浮かべ、
「ど、どうして――――」
桃香が尋ねようとした瞬間、片方の瞼を開けた彼の目から、片側だけ吊り上った口から、悪感情が流れ出した。
本題は、やはり此処から、と。
「……民の口から出る名が一人の名ばっかりだったからさ」
ぽつりと零した。穏やかに話ながらも先程までの感情は何処にも見当たらず。
彼女達の積み上げてきたモノを第三者視点で穿って視察し、個人色に染めた事実を報告する……城に住まい、富を貪る汚れた文官ならそんなことを言いそうだと、藍々は思った。
ただし、そのモノ達が宿す感情は嫉妬と欲望に塗れているが……目の前の男の場合、悪感情の種類が全くの別。
一番良く知るモノに被って見えた。徐庶という水鏡塾の才女でさえ、そのモノには勝てなかったのに……目の前の黒が悪龍と同じに見えてしまう。
ゾクリと寒気が伝う。藍々は、その悪辣な笑みから必死で何かを読み取ろうと警戒をさらに一段階高めた。
そんな軍師を気にも留めず、秋斗は芝居掛かった言葉を綴って行く。
「“劉備様は素晴らしい。劉備様のおかげで。劉備様が来て下さったから。劉備様には感謝してもしきれない。”
劉備様、劉備様、劉備様、劉備様、劉備様、劉備様、劉備様、劉備様、劉備様……呆れるくらい耳にしたぞ。
クク、怖くないか? いくら尋ねても肯定しか出てこないんだ。嫌いだっていう人間が全然いないんだ。
肯定しかないってのは間違っても正せないのと同義だろう? 違う意見を誰も口に出来ないってこったろう? そんな怖い集合体の中になんざ、俺は入ろうとは思えないね。
だから街の感じは好きなのに、俺はこの国の民を心底怖いって思っちまう」
彼はたった一日二日の実地調査で、数え切れない程の声を耳にした。
旅人と嘯いて劉備の評価を尋ねれば、返ってくるのはいつでも称賛の声。
弱り切っていた益州を統一したのは劉璋のはずなのに、もうその事実が上書きされている。しかも、州の主要地の成都が、である。
詠は秋斗の話を耳に入れながら震え始める。
事前に打ち合わせたわけでは無いこの語りは、明晰な頭脳を持つ彼女だからこそ恐れを抱かせる。
誰に、ではない。彼が怖いと言ったその事柄が真に持つ恐ろしさを、誰よりも見抜いてしまったのだ。
なんとはなし
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