道化師は桃の香に誘われず
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謎かけのような言葉の意味を正しく知るモノは詠ただ一人。
ソレを宣戦布告と呼ぶには、余りに不明瞭に過ぎた。
彼は、もう用は無い、と、秋斗が行う心理掌握の恐ろしさに怯えを浮かべた詠の手を取って立ち上がらせ、理解の及んでいないモノ達を見回して瞼を降ろす。
片方の手で懐を探り、机の上に一通の書簡を優しく留めた。
拳を包んだ一礼をする彼は、既に黒麒麟を演じておらず。公式の場での徐公明が、其処に居るだけ。
「劉益州の元に使者としての謁見を望む嘆願書にございます。私の旧知であり、劉益州と親交の深い劉備殿に仲介して頂くことが正式な手続きと思い、此度は此処に参った次第です」
彼が顔を上げる前、咄嗟に動いたのは誰か。
紫苑と厳顔が同時に、焔耶が遅れて声を上げようとした。
大方、数々の非礼な言動と、侵略示唆に対する言及と言った所であろう。しかし彼女達が声を発するより速く、彼が方頬を吊り上げていた。
「お、お兄ちゃん待つのだっ」
「待ってくれ、秋斗殿」
同時に声を上げたのは二人。きっと、此処で引き止めると思っていた。彼の笑みはそういう笑み。
顔を上げた先で目に入ったのは、泣きそうになりながら唇を噛みしめる鈴々と、悲哀と疑念を向ける星。
交互に瞳を覗いた後で、彼はくるりと背を向けて手を振った。
「俺はもうお前らの知ってる黒麒麟じゃないんだ。力付くで引き止めるなら、曹操軍の使者として相応の対処をさせて貰う。質問に答えてやる理由もない」
殺すことは出来るだろう。縛り付けることも武器を持っていない彼相手なら容易い。しかし、使者として、と言われた以上は彼女達に為す術はない。
あくまで先程までの『話し合い』は旧交を深めていただけで、嘆願書を届けた今となっては正式な使者としての体を為している。
食客が使者を拘束したとなれば、曹操軍が益州を攻める理由が出来上がってしまう。
尚も引き止めようとした鈴々を、彼が付きつけた政治的理由を理解した星が止める。もはや食客の部下如きである自分達に出来ることは、何も無いのだ、と。
昨日のあの時間は幻想か夢か。確かにあった瞬刻の暖かい時間が甦る。昔のように、あの時だけは昔のままだったのに……と。
それでも、彼女は覚悟を決めていたから迷わず不敵に笑う……もの悲しさと寂しさをひた隠して。
「なんともつれない……まあ、それもまた、あなたらしいかもしれませんな」
「……そうかい。
ならそうさな、“俺らしい”って言ってくれるお前さんの為に、お茶とお菓子の礼を残しておこう」
ピタリ、と脚を止めた彼は、振り返ることなく言の葉を綴る。
黒い外套がはらりと揺れた。その背中の小ささに、星は思わず駆けてしまいそうになるも踏みとどまった。
「
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