道化師は桃の香に誘われず
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話し合いは哀しい結果で終わったと、桃香は感じていただろう。やはり戦うしかないのだと、覚悟を高めているのだろう。
そんな桃香とは違い、彼にとってはまだやることが残っている。
人の心を読み取り、人の心の弱点を看破し、人の心を捻じ曲げ続けてきた黒麒麟が、“この程度”で終わるはずがあろうか。
相手が仁徳の君であろうと、黒麒麟が行うことは変わらない。
穏やかな表情の彼が口を開くと同時に桃香は……思考も感情も、全てが凍結した。
「それだけ分かってくれたら結構。
だからまぁ、お前さんの理想にはもう……興味が無いんだ」
静寂。
口に出されたのはなんでもない言い分。
侮辱でも、怨嗟でも、同調でも、肯定でも、否定でも無い……ただの“思っていること”。
向けられたのが愛紗であっても、鈴々であっても、星であっても、他の誰であっても何も感じない。怒りか、当然と感じることはあろうと、心には何も痛みを伴わない。
「……っ」
しかし普通の口調で、なんでもない事のように言われるからこそ、桃香の心を深く抉り取る。
目を見開き、絶句し、彼女は息をすることも出来なくなった。
昔語った理想。共に目指した理想。見つめ直す機会を貰った理想。友を切り捨てる選択をしてまで優先した理想。
それに対して……興味が無い、と彼は言った。
彼が向けるのは感情的なモノでは無い。無感情で無機質な事実確認であった。
お前の理想には興味が無い……とは、初めから存在しなかったと同義であり、どうでもいい出来事に成り下がったということ
思い出も、其処にあったはずの想いも、全てが無駄だったと断じる……想いを繋ぐ続ける黒麒麟にあるまじき行い。
手を繋ぐ……よく桃香が口にする言葉だが、それは相手を認識して初めて行われる行動。
どうでもいいということは、桃香の理想を見てすらいない。認識してすらいない。桃香の理想に期待も持たず、失敗しようが成功しようが認識しない。
彼の記憶喪失を知らない桃香にとって、それは雛里が向けた全否定よりも鋭い刃となった。
自分の理想を知った上で、目指した上で興味を失った……それは失望よりももっと残酷な、無関心という現実。徐公明という嘗ての劉備軍の支柱的存在に直接伝えられたからこそ、想いを繋げと兵士を引っ張ってきた黒麒麟に言われるからこそ、彼女に与える感情の振れ幅は大きい。
知らぬ内にそっと背中を推してくれていたと知った時、桃香はどれほどの安心感に包まれたことだろう。
気付かぬ自身の代わりに怨嗟を受けていたと知った時、桃香はどれほど不甲斐無さに懺悔を零したことだろう。
大切な友を切り捨ててまで自分が説いた理想を彼が選んだ時、桃香はどれほど感謝し、謝罪したことだろう。
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