道化師は桃の香に誘われず
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あの時と、劉備軍が追い詰められた交渉時と同じく、彼の何処か場違いな敬語が耳に響く。
わざわざ行われた自己紹介、知らぬモノ達の中でも、彼の名に気付かなかったモノは一人。屋敷の入り口で突っかかっていた女……焔耶だけ。
「お前が……黒麒麟、だったのか」
ついつい零れてしまった言の葉。ほとんど無意識と言っていい。桃香達、そして噂話で聞いていた、軍神や燕人、昇龍に並ぶ化け物が彼であったことに、焔耶は昨日の出来事を思い出しながらも驚愕に目を見開いた。
流してもいい反応ではある。理解出来たならわざわざ答えてやらずともいい。
だが、その隙を利用しない彼では無く……意趣返しと交渉対価を考えない彼では無い。
「そうだよ。俺が徐公明だ……が、挨拶の途中で割り込むのは頂けないなぁ?」
目を細め、口を引き裂く。猪々子と戦ったあの時のように、兵士全てを黙らせたあの終端の時のように。
黒の放つ威圧が焔耶に突き刺さった。有無を言わさぬ気当ては愛紗が昨日放ったモノに勝るとも劣らない。焔耶がまだ越えていない壁を乗り越えた者達が放つ重苦しい圧力は焔耶の言葉を詰まらせる。
――こんな上モノを一目で判別出来んとは……まだまだ未熟よの、焔耶。
対して、彼女の師にあたる厳顔は彼の気当てを心地よく受けていた。
ゾクゾクと駆け抜ける背筋への快感。此処が戦場であればと願ってやまない。命と命をぶつけ合い、輝かせあって戦えたなら、どんな美酒にも勝る充足感が得られるだろうに、と。
また悪いクセを……紫苑が視線だけで咎めようとも収まらず、笑みが深くなっていく。より獰猛に。
ふいと、厳顔と彼の視線が絡んだ。幾瞬だけ絡んだ黒の瞳は、戦人のような歓喜は無く、獰猛さの欠片も無い。戦狂いの己とは別種だと厳顔が瞬時に理解しても、実力があるのなら喰らいたいと思うのも彼女の性。
戦いたくて仕方ないという厳顔の瞳を覗き込んでから、彼はふっと小さく吐息を漏らして受け流した。
「まあ、私も突然の訪問に加え、座ったままでご挨拶さえ行わなかった非礼がございます。玄関でのいざこざとで水に流して頂けると幸いかと。如何か、劉備殿?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
「いえいえ、美味しいお茶を出して頂き、こちらこそ感謝を」
やんわりと等価交換を為し得た。焔耶にわざわざ絡んでやったのは、彼女達に気兼ねなく話させる為。座ったままだった事もそのためであったが、焔耶個人に対しての貸しを全て桃香に清算させられたので万事問題なく。
落としどころの不足分を補えたことで、桃香もほっと安堵を零す。
「そうだ、知らない人が居るよね」
「……自己紹介は要りません。紫の髪の方が黄忠殿、銀髪の方が厳顔殿、水鏡塾の制服を着ている方が徐庶殿、黒髪と淡い髪の混ざっ
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