第一部
第六章 〜交州牧篇〜
七十七 〜紫苑の覚悟〜
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がろうとしたが、力が入らないようだ。
「そのままで良い。無理をするな」
「は、はい……。皆は?」
「休ませた。皆も疲れているようだったからな」
「そうですか。……自己管理も出来ず、お恥ずかしい限りです」
眼を伏せる稟。
だが、もともと稟は丈夫な方ではない。
正史や演義でも、曹操の絶大な信頼を得ながら早逝した人物だ。
長旅を終えたばかりで、休養も十分ではなかったのであろう。
「急ぎとは申せ、無理をさせた私の不手際だ。許せ」
「い、いえ。……殆どは、愛里の力に拠るものですから」
「謙遜せずとも良い。……ふむ、手拭いを替えた方が良いな」
稟の額から手拭いを除け、手を当ててみる。
微熱がまだ続いているか。
「歳三様……」
「とにかく、ゆっくりと静養する事だ。顔も赤いようだぞ」
「……いえ。これは……その……」
目を逸らす稟。
「歳三様」
「うむ」
「もしや、ずっと傍にいて下さったのですか?」
「ああ。途中、医師の見立てはあったがな」
「……ありがとうございます。ですが、歳三様もお休み下さい」
「良い。私がこうしていたいのだ、気にするな」
「ですが、歳三様は掛け替えのない御方。私達だけではなく、交州の民や兵にとって、です。その歳三様が無理をされる事はありません」
「ならば、お前とて同じではないか。お前がおらぬば、我が軍は立ち行かぬ」
「そうでしょうか……。風や朱里、愛里らは頑張っているというのに、私はこのような無様な姿をお見せしています」
「……稟。己を責めるのは止せ」
「ですが、歳三様」
「良いと申すのだ。これから、ますます世は乱れよう。そこで、お前の智なしには我らが生き残る事は出来まい」
「…………」
「だから、まずは身体を治す事に専念せよ。その分、快癒した後に働きを見せればそれで良い」
「……わかりました」
頷いた稟は、眼を閉じる。
「暫し、こうしている。安心して休むが良い」
「はい」
やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。
私も、休むとするか。
……と。
どうやら、稟に袖を掴まれていたらしい。
解くのは容易いが、それは無粋というもの。
ならば、このまま朝を迎えるのもまた一興か。
「殿」
「……む?」
気がつくと、窓から日光が差し込んでいる。
「どうやら、眠ってしまったか」
「はい。稟の顔色も、幾分良くなった気がしますな」
「そうだな。彩、少しこの場を頼めるか? 顔を洗って参る」
「はっ」
今度こそ、そっと稟の指を解いていく。
「……果報者ですな、我らは」
彩の呟きに気付かぬ振りをして、私は部屋を出た。
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