羽と華を詠み、星は独り輝く
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れてしまうその笑みに、詠の心に浮かんだ恐怖も悲哀も、全てが晴れ渡った。
「俺にはツバサがあるんでね。綺麗な華の場所に迷わず帰って来れるだろ?」
優しく抱きしめられて詠の心は安堵に包まれる。この時機はずるいだろう、と思うも拒絶することはなかった。今だけは彼が与えてくれる安心に甘えよう、と。
不思議と、そんな彼を懐かしく思ったのは先ほどのせいだ。否、今の彼がより一層黒麒麟に近付いたということ。
このままなら、ただ“思い出す”だけで済むのではなかろうか……それが一番いい。別人同士が混ざり合うよりも、ただ単純に“思い出す”のがいい、と。
――そうよ、何回だって戻してやるわ。ボクだってあんたの側に居るんだから……忘れないでよね、秋斗。
ふっと嘆息を漏らして抱きつく腕に力を込める。
今だけは、ただ今だけはこのままで。彼の存在を此処に感じられるように。自分の存在を彼に忘れさせないように。
緩い昼下がり、狂い咲いた黒の華は幻の如く。
ただ……優しい少女を抱き締めている彼の瞳から一滴、ポタリと涙が落ちた。自覚なく、その意味も分からず、彼は気にしないことにした。
溢れた渇望の想いはまた封じられた。白に侵食されたその時を思い出す術はなく、黒の意識を読み取る術も無い。
黒麒麟が沈んだ絶望の深さを、彼は知らなかった。
†
南蛮からの客の相手も終わり、侍女に後のことは任せて星は風呂に入っていた。
口ずさむは民の歌。遥か北東の大地から流れてきたとされる想いの歌。情報収集からであれど確かに自分達二人に届いた愛しい同志達の歌。
「―――――♪
やっと出会えたというのに今度はあなたが居ないとは……天はよほど我らの関係が羨ましいようだ、なぁ白蓮殿? 彼の滞在中に間に合えばいいが」
歌が終わり、一人ごちて上機嫌に湯を掬う。ゆるゆると指の隙間から零れるのを眺めて、ほう、と熱い吐息を吐き出した。
勘違いさせるような態度を取ったくせに、切なくて痛々しい瞳で見つめてきた男を思い出す。
ただ星としては疑問に思う事はなかった。
――私を敵とは思えない、ということ。さすがに戦場に立てば平気で刃を向けるだろうが、平穏な場所では嘘が下手になる……そういう男だ、彼は。
正直に嬉しかった。敵と思っていないのなら、彼が死ぬまで戦うという事態には陥らないと思ったから。
自分を敵と見れないのなら、必ず止めることが出来ると思えたから。
「ふふ……」
身体を抱き締め、小さく笑い声を漏らした。
希望が見えた。彼女が願ってやまない希望の光が。少女の笑みで星は笑う。
自分で自分を抱き締める
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