第二章
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「サイダーだってね、カメラなんてものもなくて」
「じゃあもうだね」
「君は秋田には帰らないんだね」
「東京で就職して」
「ずっとここにいたいんだね」
「そうしたいね、役所か銀行に入って」
そうしてというのだ。
「家は兄さんに任せてね」
「やれやれ、本当に東京が好きになったんだな」
「この街の雰囲気全てが」
「何もかも好きになったんだね」
「そうさ、ではこの店の後は」
秋田生まれらしく色白だが男らしい太い眉を持っていて細面の引き締まった顔でだ、髪は油で撫で付けている。長身のその身体で言うのだった。
「今度はお菓子を食べに行こう」
「氷菓子かい?」
「アイスクリームかい?」
「いや、今日は饅頭を食べたい」
菓子は菓子でもこちらだというのだ。
「そちらをね」
「東京のお菓子かい」
「江戸からの」
「うん、この街はハイカラだけじゃない」
「昔の日本もある」
「華やかなそれがだね」
「僕はその全てが好きなんだ」
それこそ、というのだ。
「だからこの街で毎日楽しんでいるんだよ」
「お金があるからこそ」
「日々色々な場所に行ってだね」
「楽しんでいるんだね」
「そうさ、吉原にも行っているし」
遊郭にもだ。
「神社やお寺にもお参りして」
「あらゆる遊びを楽しむ」
「そうしてるんだね」
「そうだよ、ただね」
ここでだ、不意にだった。
伊達は微妙な顔になってだ、こうも言ったのだった。
「遊郭は好きだけれどここはね」
「おや、何だい?」
「何かあったのかい?」
「最近武者小路実篤の本を読んでいるんだけれど」
この頃名が売れてきた作家である。
「亡くなってしまったけれど夏目漱石、あと森鴎外もね」
「おや、文学もかい」
「文学の楽しみも知ったんだね」
「そうなんだ、哲学や法律の本も読んでいるけれど」
遊ぶだけでなく学問もしているというのだ。
「けれどね」
「それでもだね」
「文学を読んでいて」
「それで、だね」
「恋愛をだね」
こう言うのだった、カレーライスの甘さとその中にある辛さを味わいながら。
「してみたいとだよ」
「思いだしている」
「そうなんだね」
「うん、漱石の三四郎や門とかね」
伊達が出したのはこうした本だった。
「そういう本みたいなね」
「恋愛がしたい」
「そうなんだね」
「別に人妻には興味はないよ」
このことは断った。
「あとこころみたいなこともね」
「高等遊民にもだね」
「三角関係というものにも」
「なるつもりはないよ、けれどね」
それでもというのだった。
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