言の葉の不足分
[1/8]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
南蛮の攻略は侵略からの解放という大義名分があった。ソレはどんな悪辣な輩なのかと戦々恐々としているモノも少なくない。
五胡との戦を思い出せば背筋が凍る。
五胡は力量もさることながら、特筆すべきはその残虐性にある。白蓮と星は皆に口を酸っぱくして言っていた……五胡を人と思うな、と。まさにその通りだった。
凡そ人の行いとは思えぬ非道さ。噂に聞く『紅揚羽の狂宴』に似た薄ら寒い残虐非道な戦後。儒教の有無に留まらず、死者への冒涜など茶飯事であった。
アレは悪だと、愛紗は思った。人々の思い描く侵略者の姿をまま表していた。それは確かに、白蓮や星が幽州を守ることに必死になるはずだ。
烏丸はまだ優しいほうだったらしく、鮮卑に関しては白蓮ですら口にするのを憚るほど。
もしやそれと同じなのか、と南蛮に対しての恐怖は日々膨らんでいる。
馬を進めて幾日。
森の端々で休息を取りつつ行軍して来たが都市らしいモノは何も無い。
兵達は慣れない蒸し暑さに体力も奪われ、士気もあまり高くない。暑いからと飲み水も大量に消費してしまうし、食糧に至っては湿気と気温で腐りも早い。
ただし……劉備軍は幸いなことに「とある知識」を持っている。
嘗て居たあの男が残した知識を朱里は余すところなく覚えており、それを思考錯誤した上で使っているのだ。
例えば水。
軍行動をした時に問題となる飲料水の確保は、簡易的な濾過装置の考案によって払拭されている。
例えば食糧。
店長と料理を語らっていた彼が非常食の管理に口を出さないわけが無い。乾燥させた食糧も、“沸かした湯で戻す麺類”も最近になって完成していた。
余談として、さすがにその麺類は市場に出回ると経済的な問題が出るからとまだ流通はさせていない。益州が安定していけば後々には民にまで浸透させる手はずである。
愛紗は彼の知識をあまり知らない。
朱里が恐怖に震えながら思い出しているソレが、どれだけのモノかは分からない。
しかし人命を救うという面で目に見えて結果が分かる彼の知識に感謝と感嘆を持っていた。
ズキリと胸が痛む。
その彼を絶望に追い遣ったのは誰か……誰を責めていいわけでも無いと白蓮は言うが、愛紗は自身を責めていた。
ふるふると頭を振った。
今はいい。考える時では無い。幾分前に星と彼のことを話したからか、どうしてもそんな事を考えてしまった。
心持を切り替え、表情を引き締め胸を張り、ただ真っ直ぐに前を見た。
「戦場に向かうというのに女々しいのは私らしくない、でしょう?」
独り言をぽつりと。からからと笑いながらそんなことを言う男が居たはずで……。
これではまた星に笑われるやもしれない……そう考えた愛紗は、呆れたようなため息をついた。
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ