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泥田坊
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第一章

                      泥田坊
 泉賢作は働き者だった。いつも自分の田や畑を耕し手入れをしていた。
 その為彼の家の田も畑も見事なものだった。彼はいつもその田畑を見て言うのだった。
「この田畑は先祖代々のものだからな」
「賢作さんいつもそう言うね」
「当たり前だよ」
 こう近所の村人達にも言うのだった。それも誇らしげに。
「この田畑はわしの命だよ」
「命かい」
「そうさ。これはずっと残していくからな」
 こうも言うのだった。
「子孫にもな」
「おやおや、大きく出たね」
「子孫に美田を残すってわけか」
「そうさ」
 胸を張っての言葉だった。西郷隆盛の言葉を正反対にしたものだった。
 その言葉をあえて言いながらその田畑を見るのだった。しかしそんな彼を見て子供達は苦い顔をするのだった。
「今更そんな田畑なんて持っても」
「全くだよ」
「何の意味もないよ」
 こう言うのだった。
「親父はああ言うけれど俺もう大阪にいるからな」
「俺だってお役所に入ったし」
「私は街のデパートに勤めてるし」
「私だって旦那が駅員さんだし」
 誰も畑仕事とは離れているのだった。だから彼がいい田畑を持っていてもそれを有り難いどころか迷惑にさえ思っているのだった。
「どうする?」
「どうするって?」
「だから。あれよ」
 そのうえでいつも顔を合わせると眉を顰めさせて話をするのだった。
「親父が死んだら。あの田畑をな」
「売るのか?」
「売るしかないでしょう」
「そうよ」
 そのうえでこう話すのだった。彼等にしてみれば耕すことなぞできないからこう考えるのは当然のことだった。あくまで彼等はこう言うのだった。
「お父さんが死んだらもう」
「それで売って」
「そうするしかないでしょ」
「そうだよな」
 そして彼等の誰もそれに反対しないのだった。むしろ積極的に賛成している面子が殆どだった。
「俺もそんなの無理だし」
「俺も」
「私も。絶対に無理」
「私もなのよね」
 父である賢作には決して聞こえないようにしていつもこんな話をしていた。そんな話をしているうちに歳月が流れ賢作はある日畑仕事をしている時に倒れてしまった。彼が倒れているとその近所の村人が見つけて慌てて救急車を呼んだのである。
 すぐに息子や娘達が集められた。だがもう賢作は手遅れだった。
「えっ、そんなに重い病気だったのか」
「何時の間に」
「というか誰も御存知なかったのですか?」
 医者は賢作の病状を聞いて驚いた顔になる彼等に対して告げた。
「誰も」
「そんな。親父が癌だったなんて」
「そんなことは」
「誰も知らなかったわ」
 皆困惑した顔で医者にこう述べるのだった。
「大体今まで畑仕事していたのに
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