第3章 黄昏のノクターン 2022/12
21話 黒の薬師
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は完全に姿を消し、いまや豊かな水量を湛える谷の底へと追いやられていたのだ。
暗喩どころの騒ぎではない。扉のレリーフは直喩ですらなく、もはや答えを表してしまっていたのである。しかし、想定出来なかった事態を前に困惑する。これまで移動可能エリアであった砂地が水没し、残された陸となっている領域は、ベータテストの時代において誰も到達できなかった。砂礫が脆く、崖の壁面を駆け上がればたちまち崩れ、その落下ダメージで挑戦者は悉く黒鉄宮に死に戻りさせられたらしい。現在こそ水の張られた谷によって、水面から崖までは三十メートル程度といったところか。それでも、崖を登るという行為を肯定する理由にはならないのだが。
「ねえ燐ちゃん、ここから街までは泳いでいくの?」
「馬鹿言え。そんな事してたら溺れるぞ」
ヒヨリの言う通り、まともな移動手段は遠泳くらいのものだが、SAOにおける水泳は《顔が水面に沈めば酸素ゲージを消費し、そのうちHPが減少する》という危険極まりない仕様なのである。素人には難しく、経験があったところで危険性を取り除くことが出来ない博打なんて、おいそれと挑戦出来ないし、二人にはさせるわけにもいかない。
「あれ、燐ちゃん泳げなかったの?」
「俺はリアルでは泳げるけど………」
「リンさん、私が教えましょうか?」
………しかし、女性陣は俺の懸念も知らぬとばかりに好き勝手言う始末だ。
「溺れるの俺前提か!? ヒヨリ、お前の事だ!」
「溺れないもん! 泳げないけどちゃんと浮けるもん!!」
「いいから話を聞け!」
それから幾度の応酬を経てヒヨリを黙らせ、両名に水泳という行為の危険性を諭す。
可能な限りシステム的な説明を省略し、ティルネルにも理解可能な表現を織り交ぜ、説明すること三分。
「――――という訳で、無策に泳いで主街区を目指すような真似は避けたいんだよ」
「そうだよね、危ないんだもんね」
「でも、人族の街へ安全に向かう手段も現状存在しない、ということですよね?」
「それについては先に来たヤツがここにいないって時点で察しがつく。恐らく何か仕掛けがあるはずだ」
状況判断とはいえ、ティルネルの懸念は解決することができると思う。しかし、ベータテスト時には俺は第四層の往還階段周辺に立ち寄った経験がないので、馬鹿正直な探索に頼るより他ない。
やむなく周囲を見渡すと、現在の立ち位置である往還階段からの扉を囲うように建てられた四阿と、北側にカラフルな実をつけた広葉樹が一本。あとは苔の生い茂る平坦な小島の様相である。何かしらのギミックを疑うというのであれば、可能性は広葉樹に絞られてしまうのだが。
「露骨に怪しいのはあの木だよな」
「あれは《フルスの木》ですね」
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