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敵討ちのこと
2部分:第二章
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何とあの少年がいたのだ。刀を橋の側にある水で洗っていたのである。
「どうしてここに」
「実は私は安芸藩の者でして」
「それは先程御聞きしましたが」
「その安芸藩の飯尾という者の子だったのです」
 ここで彼はだった、と過去形を使った。大崎もそれに気付いた。
「だった、ですか」
「はい。父はあの沢木、安芸藩にいた頃は岡沢という男に闇討ちに遭いまして」
 ここまで聞けば話はわかる。大崎も武士であるから。
「それでは」
「そうです。ですが拙者はこの度の流行り病で命を落としまして」
「ふむ」
「ですが一身の妄執と母や姉達の必死の懇願の為か魂だけになっても世におりまして。それでこの度宿願を果たせたのです」
「そういうわけだったのですか」
 大崎もここまで聞いて全てを察した。そういうことならば納得がいった。
「ただ。敵討ちを果たしたところで拙者も成仏することになりまして」
 成仏を喜ぶ心の他に何かを口惜しむ顔も少年の顔に出た。
「それでですね。御願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「安芸に母がおります」
 少年はこう告げた。
「姉達も。母と姉達にこのことを告げて頂けぬでしょうか」
「敵討ちを果たしたことをですか」
「はい。証はここにあります」
 こう言うと大崎に刀と首を差し出してきた。その首が誰のものであるかは言うまでもない。
「これを安芸藩の飯尾という家の鬼七郎が見事宿願を果たしたと申し伝えて下さい。それだけで話は行き渡りますので」
「安芸藩ですね」
「左様。そこにいる母に」
「ふむ。それでは」
 大崎もそれを受けることにした。大阪から安芸まではかなりの距離があるが都合のいいことに彼はすぐに中津にある藩に用事で行くことになっていたのだ。これも何かの引き寄せなのであろうと心の中では思っていた。
 そう思いながら受けることにした。返事は快いものであった。
「畏まりました。それでは」
「お引き受け下さるか」
「運のいいことに間も無く西に下り安芸を通り掛りますので」
「おお、それはまた都合がいい」
 少年もそれを聞いて顔を綻ばせる。全く以って何もかもがよい引き寄せになっていると言えた。
「では。御願い申す」
「それでは」
 彼の手から刀と首を受け取る。その二つを手渡すと彼の姿は消えた。煙の様に消えたので後には何も残ってはいない。しかし大崎の手には刀と首が残っていたのであった。

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