真逆の龍
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嫌悪と侮蔑の感情が匂い立つ。
桔梗の発言を受けた紫苑も、諦めたように瞼を閉じた。
「そう……劉璋様は……やはり……」
「劉備殿を手籠めにするつもりだろうよ。力無く、知恵も無く、しかし見た目は良く、それでいて悪感情を極力向けずに、偉ぶることも媚び諂うこともなく対等に話し掛けてくる女子はクソ坊主には新鮮じゃろうて。素直にいう事を聞かないからこそ欲しくなる。現に関羽や張飛、趙雲共が居なくなってから屋敷にネズミが増えた」
「手を出せば終わりだと分かってないのかしら。愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、星ちゃん相手だと私達でも止められないわよ?」
「クソ坊主の頭の中など知らんわ。益州の権力争いを勝ち切った途端調子に乗りおってからに……大方、自分が策士になった気でおるんじゃろ。“あの悪龍”に比べればクソ坊主などトカゲ以下よの」
「藍々ちゃんの動きに気付かない時点で劉璋様は……ねぇ?」
旧い敵の名を口に出せば、少しだけ懐かしさが胸に灯る。
「ふん……徐庶に勝てん奴が悪龍に勝てるわけがない。徐庶には悪いが悪龍は別よ。まぁ……諸葛亮が道を踏み外せば悪龍を越えるじゃろうが」
悪辣さを表に出さずに頭脳で勝ち続けた龍の顔は、二人とも未だに忘れられず。噂をすれば生き返るような気さえしてくる。
近場の軍師と比べてよく分かる嘗ての敵。
――益州の権力争いにも一枚噛んでいたなんて……もう悪龍はいないとは言っても、確実に影響は残ってる。
引き裂かれた口と魔女のような笑い声を思い出して、ぶるり、と紫苑の背に悪寒が走った。
――娘でさえ駒とした悪の龍。娘として見てくれていたのかも分からないと菜桜ちゃんは言ってた。私には……分からない生き方だわ。
昼間の東屋は暖かいはずなのに、言い切れぬ不安感が込み上げて来て、紫苑は急に愛しい娘に会いたくなった。
同じ母親として悪龍のようにはなるまい、そう心に誓いながら。
「あっれー? 紫苑さんに厳顔さんじゃないッスか。昼間の酒はさすがにダメッスよ」
少し空気が悪くなった所に軽めの声が響いた。
水鏡塾の制服を着た少女がとてとてと近付き、ひぃふぅと指を折って酒瓶の数を数えはじめる。
噂をすればなんとやら……彼女は悪龍所縁の人物――姓名を徐庶、真名を藍々という。
「こんにちは、藍々ちゃん」
「こんな唇を濡らす程度の量で酒を飲んだとは言わんわい」
「四本も開けて……これで唇が濡れるだけとかありえねーッス」
盛大なため息と共に酒瓶を一つ摘まみあげて振ってみる。やはり中身は空なのか、引っくり返しても雫がポトリと落ちるだけ。
机に置き、ジトリと二人に咎めを向ける。
「武官の仕事にとやかく言うつもりはありませんが、お二人のこういうとこを嫌う文官が居ることお忘れなく。
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