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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
38.煙は高々とのぼる
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を立てる。いよいよ危険を悟った店の人物たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に窓や出入り口から駆け出した。

 もがき苦しむ彼には見向きもせずに、我先にと。
 なぜ、こんなに苦しんでいる自分を置いていくのか。彼には理解できなかった。
 ただ、彼は一心不乱に爛れていく喉を振り絞って必死に懇願した。

「タ……助けて、助けテクレぇッ!!」
「――!!ま、待ってろ!!今そっちに……!」

 火達磨になった彼は、助けを求めるように手を伸ばした。
 状況を受け入れられずにいた友人は、咄嗟にそれを掴もうとした。
 しかしその手は結ばれることなく虚空を切った。
 後ろから来た男が友人を羽交い絞めにして、強引に彼から引きはがしたからだ。

「逃げろ!!そいつはもう助からんッ!!」
「ま、待ってくれよ!!友達なんだこいつは!!今すぐ火を消してポーションぶっかければ……!!」
「人間が中から燃えてるんだぞ!?エリクサー使ったってもう手遅れだよ!!」
「テ、オ、ク……れっ?」

 手遅れ――その言葉が、彼の熱に溶ける耳に辛うじて入ってきた

(助からない――俺が?俺は、こんなところで本を一冊読んだから燃えて死ぬのか?)

 地獄の責め苦を味わいながら、独りでここに取り残され、主神にも友にも何一つ残すことなく。
 惨めたらしく焼け爛れてここで死ねというのか。ただ苦しんで、焼かれて、醜く、惨めに。

 ――嫌だ。

「イヤだ!!ああ、あああああ!!イヤだぁ!!俺を見捨テナイでクレぇ!!俺ヲ助けてクレよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!おヤジぃ、オフクろぉぉぉおぉぉおおおおおッ!!!」

 独りで死ぬのは嫌だ。俺を見捨てていくなんて許せない。
 なんでだ。なんで俺は燃えているのに、お前たちは五体満足なんだ。

 おかしいだろ。不平等だろ。
 俺だけなんて許せない。許せない。許せない許せない許せない許せない――

「お前ラも、同ジ苦シミヲ抱けェ………!!」

 全てを失った彼に残されたただ一つの感情

 脳裏をよぎった最後の言葉は――『憎悪』の引金。


『――燃エロ(ファイア)――』


 その瞬間、『豊饒の女主人』は目を覆うほどの大爆発を起こして炎上した。

 ささやかな魔法を求めた彼を待ち受けていた余りにも残酷な結末だった。
 逃げ遅れた冒険者数名の命をも飲み込んで、炎は高く、美しく立ち上っていく。



「そうだ、燃えろ……僕のことを認めない世界なんか、全て燃やしてしまえばいいんだ――ヒヒッ」
 
 宣戦の狼煙のように立ち上る炎を遠くから眺めた男は、その瞳に濁った狂気をしたため、静かに哂った。
 
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