無垢の時代
山郷で迷う吸血姫
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みません! 電話を貸していただけませんか!」
恭也が声を上げるが、やはり反応がない。意を決した様子で、恭也が室内へとあがりこむ。廊下を歩き、声のする襖を開き――
「忍……」
姉の名前を呼ぶと、彼は無言で手招きをした。姉は私を残していくかどうか悩んだようだったけれど……見える距離とはいえ、ここで置いていかれる方がよほど怖い。姉に頷き返すと、二人で玄関を上がる。
「ウソ……」
恭也に促されるまま、部屋をのぞく。そこには、使い込まれたちゃぶ台が。その上には食べかけのご飯にお味噌汁。焼き魚に漬物。それに野菜の和え物が数人分置かれていた。それだけだった。さっきまで確かに声がしていたのに、誰もいない。首筋を冷たい手で撫でられたようなゾッとする感覚を覚えた。
「無人、なのかしらね?」
いや、声はしている。というより、再び聞こえてきた。家の奥の方から、明るい笑い声が聞こえてくる。水音が混じっているから、多分お風呂場だと思う。親子か兄弟でじゃれ合っているようだった。その明るさが、今は何よりも恐ろしかった。
「どうかな。だが、少なくとも電話は使えなさそうだ」
近くにあった古めかしい黒電話の受話器を耳に当てながら、恭也が言った。
「でしょうね……」
近くのテレビを見やり、姉が呻いた。酷く画質の悪いそのテレビは、どうやらニュースを流しているらしい。ただ、問題は――
『昭和三〇年九月一七日のニュースをお伝えします』
ひび割れた声が確かにそう言った。明らかに過去の話だった。録画ではない。古びたテレビには、そのためのデッキが接続されていないのだから。
「今から大体五〇年前ってところね……」
「閉じ込められる以上に性質が悪くなったな」
取り乱し、叫びださなかったのは姉と恭也が傍にいてくれたからだった。私一人だったら、とっくにおかしくなっていただろう。
「これから、どうするの?」
二人とも答えなんて持っていないことくらい分かっていた。
「入ってこれたんだ。出る方法もあるさ」
恭也はそう言って頭を撫でてくれた。彼にだってその確信があったとは思えない。
「そうね。こうなったら、村中くまなく探してやりましょう。どうせ無人なんだから」
姉の言葉に、恭也と二人で頷く。本音を言えばとても怖かったけれど、ここでじっとしていても始まらない。そうして、私達は村中の家という家に上がりこんでは何か――外に出るためのヒントでも、外と連絡を取る方法でも――ないか探し続けた。
けれど、無駄だった。ただ悪戯に時間だけが過ぎていく。中途半端な暑さも、あるいは寒さも、感覚を麻痺させていった。ひょっとしたら永遠にここから抜け出せないのでは?――そんな恐怖が、じわりじわりと膨らんでいく。
(帰りたい……)
時間の感覚もすでに無くなっていた。もう何時間この
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