巻ノ十三 豆腐屋の娘その六
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「お豆腐は如何でしょうか」
「豆腐か」
「はい、うちは豆腐屋です」
このことからの言葉だった。
「豆腐には自信があります」
「そしてその豆腐をか」
「如何でしょうか」
「殿、豆腐はいいですぞ」
清海がここで幸村にその目をきらきらとさせて言って来た。
「あの様な美味いものはありませぬ」
「待て、それは御主が好きなだけであろう」
その清海に穴山が突っ込みを入れた。
「どうせそこに酒もというのであろう」
「わかるか」
「わかるわ、御主程わかりやすい者はない」
こう言うのだった。
「全く、お礼を受けよというのか」
「折角の申し出、銭や宝等なら断るが」
「こうしたことはか」
「受けるべきであろう」
「そうした考えか」
「あの、それでなのですが」
娘はまた言って来た。
「お豆腐でよければ」
「遠慮なさらずに」
父もまた言う。
「豆腐は幾らでもあります」
「それに貴方達は妹の、私達の恩人です」
兄もだった、幸村達に言うのだった。
「ですから是非」
「そこまで言うのならな」
ここまで聞いてだ、幸村も結論を出した顔で述べた。
「申し出を断り続けるのも非礼、ならな」
「豆腐ですか」
「確かに銭や宝なら断っていた」
そもそもことのはじまりが母の薬代のことだからだ、ここで銭や宝を受け取っては本末転倒だからである。
「しかしな」
「それでもですな」
「豆腐ならよい、では酒はな」
それはというと。
「こちらで用意して皆で飲もう」
「皆といいますと」
「ご家族もじゃ」
幸村は娘にはっきりと答えた。
「如何か。酒はこちらで用意致す故」
「いえ、それは」
「そちらこそ遠慮は無用、お礼は受ける」
豆腐のそれはというのだ。
「しかしお礼は受けても酒は酒」
「違うというのです」
「それはこちらで受けよう、ではな」
「左様ですか」
「では皆の者、いいな」
幸村は今度は家臣達に言った。
「これよりな」
「はい、酒を用意して」
「豆腐を受けるのですな」
「そうしようぞ、ではな」
こうしてだった、一同は酒を用意してそのうえで豆腐の礼を受けた。一同はその豆腐を食べてそのうえでだった。
伊佐は温和な笑みでだ、店の主人に言った。その豆腐を箸で礼儀正しく食べつつ酒も飲んで少し赤くなった顔で。
「いや、見事な豆腐ですな」
「そう言って頂けますか」
「はい、大豆や水もよく」
それにというのだ。
「作り方もです」
「全て考えていまして」
「そのうえで作っているのですね」
「左様です、お気に召されたようで何よりです」
「これは美味い豆腐じゃ」
海野もその豆腐を酒と共に楽しみつつ言う。
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