兄弟の章
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たが、そんな中、祖父が一冊のノートをジョージに渡した。
それはノートとは言っても、端を紐で結わえてあるだけの簡素な紙束であった。
「これは…?」
「見てみなさい。」
祖父は寂しげな笑みを見せてそう告げたので、ジョージは表紙をめくった。
「…!」
それは楽譜帳であった。作者はケイン・レヴィンと記されている。
「ケインの…。」
その中を見てみると、一曲目に<親愛なる兄に捧げる序曲>との記載があった。
ここで言う「序曲」とは、簡単に言えば「組曲」を示す。曲の冒頭に長大な序曲を置くため、このように言われているのだ。
一通りそれに目を通したジョージは、静かにリュートを奏で始めた。
雄大な序曲に始まり、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガヴォット、ブーレ、そしてジーグ。そこまでは伝統的な組曲の形だが、終曲だけが違っていたのだ。
“ファンタジア”と記された終曲は、例外中の例外だった。
だが…理由は理解できていた。その曲は、父マルクス作の編曲だったからである。
マルクスが短調で作曲したものを長調に転調し、かなり手を加えてあった。
― ケインらしいや… ―
この春の陽気を音楽にしたら、きっとこんな風になるのではないかとジョージは感じた。
― ケイン…。お前が父さんから作曲の手解きを受けられたのは、たった二年程だったのに…。 ―
兄も弟も、未来のために勉強に励んでいたのだ。それも、心配掛けまいと隠しながら。
ケインは、兄がリュートを練習していることに気付いていた。その指先が父のそれにそっくりになっていたからだ。
残念なことにケインには、兄と共に演奏する程の力は無かった。そのため、父から学んだ作曲法を独自に発展させ、兄のために曲集を編纂していたのであった。
序曲(組曲)が六曲、協奏曲が四曲、ソナタが二曲。そして歌曲が十二曲纏めてある。
ずっとベッドの上で、見つからぬ様に書いていたのであろう。その厚みのある楽譜帳は、ケインの人生そのものであるかのように思われた。
浄書もされぬままであったが、ケインの筆跡は美しく直ぐに演奏出来る状態であったのは、彼の才能を示すものに他ならない。
― どうして…こんなに早く逝ってしまったんだ…! ―
何も出来なかった悔しさと、最愛の弟を失った淋しさや哀しみ。それから未来を見つめている自分への腹立たしさ。
ジョージの胸の中には今、いろいろな感情が交錯していた。
それでも、ケインが書き残してくれたこの曲集を、後世へ残したいとジョージは思った。それが今の自分に出来る精一杯のことであると考えたからだ。
― 奏で続けよう。神がこの命を召されるまで…。 ―
それは、亡き弟への一番の手向けでもあった。
その後、ジョージは約二ヵ
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