静謐の泉
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るが、生水は人体に悪いので止めておこう。
「そろそろ行くぞ、クロスツェル! コイツ鬱陶しい」
「鬱陶しいって何よ。ちゃんと話を……」
呼ばれて肩越しに振り向けば、二人の言い合いはベゼドラが匙を投げて強制終了を迎えようとしていた。
もしかして、彼は論争が苦手だったりするのだろうか。最後は大体彼の「面倒臭い」や「鬱陶しい」で締められている気がする。
「ちょっと待ってください。もう少し周りを」
立ち上がろうとして……視界の端に違和感を覚えた。
それが何かを確認する前に
「懐かしくはないか?」
どん と鈍い音が耳を衝く。
「ベゼドラに器を差し出した時も、こうして水面から伸びた腕で貫かれていただろう?」
水面から形を持って現れた自分の顔が、目の前で笑う。金色の目が愉悦に細められている。
ああ、これは……違う。自分ではない。
背後で息を呑む気配がした。
「……そういえば、欲しがってましたね、宝石」
にこっと笑い返せば、同じ顔をした彼も微笑んだ。
自分の微笑む顔を直に見る機会があるとは……なんとも微妙です。
「ああ。そろそろ貰って行こうと思ってな。代わりに、お前には休息をやろう。ゆっくり休むと良い。偽りの女神に愛された神父……いや、魔法使いクロスツェル」
体から腕が引き抜かれて行くのを感じる。痛みが無いのは驚きの所為なのか、実際そういうものなのか。
なんにせよ、苦しまなくて良いのは多少気が楽で……助かります。
「休みなんて、もう少し待っていただけければ、勝手に訪れたんですけど……ね……」
体から力が抜ける。いや、引っ張られているのだろうか。腕が完全に引き抜かれる寸前、ベゼドラの声が聞こえた気がする。
……ほらね? 先手を打っておいて正解だったでしょう?
貴方も面倒臭いとか言ってないで、少し先を読む努力をしなさい。
後はお願いします ね ベゼドラ
とすん と倒れた体は水面に打ち付けられて、するりと泉の底へ滑り落ちた。
それはほんの数秒の出来事。
水上に浮かぶもう一人のクロスツェルが、奪った小さな袋から手に転がした宝石を見て、リースは愕然と目を見開いた。
それは聖天女に近い力なんかじゃない。それはただの宝石なんかじゃない。
「……聖天女……さ、ま!!?」
かつて勇者と共に泉を訪れた天神の一族、最後の一柱……彼女の意思そのものだった。
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