エピ-ミュトス
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お前の両目の草、苦い草。
風が そのうえに吹き渡る、蝋の瞼に。
お前の両目の水、赦された水。
モニカ・アノーは静かに外を見ていた。
窓辺から見える新緑の木々。一杯に広がる青々とした湖。
汚染から地球を救うことをイデオロギーに掲げたテロ組織、マフティー・ナビーユ・エリンが武装蜂起した一連の紛争―――マフティー動乱も、もう、数年前の過去のことにされつつある。
湖に隣接するようにして建設されたやや古めかしい木製のコテージ風のレストランは、老境に入りかけといった風采の夫婦が経営している。15人ほどの客が入るであろう。テーブル席からでも窺い知れる厨房では、最近調理師免許を取ったばかりだという髭面のシェフが腕を振るっていた。常連客によれば、時折調理をミスってとんでもない料理が出てくるのだという。少しだけハラハラしながら、ぼんやりと外を眺める。
もう、10年も前になる―――モニカは、薄く目を閉じた。
手が震える。咽喉が引き攣る。
すぐ耳元で呻く、かつての記憶。
互いに愛し合う者同士が互いの名を叫びながら殺し合うという惨劇。
叫ぶ彼の声が鼓膜の内側から膨れ上がる。
叫ぶ彼女の声が鼓膜の内側から膨れ上がる。
無線通信越しにただ、聞いていることしかできなかった、私―――。
忘れていない。忘れられるわけがない。己の手で下したあの悲哀を、どうして忘れることができようか?
後悔ばかりが積み重なっていく。たとえそれが正義に適う行為と信じて行ったことだとしても、だからといってそれが正しいわけじゃない。何をしようとも人は悔いを残し、そうしてそれを背中に負いながら生きていくほかないのだ。
モニカ・アノーという人間が背負う業であり、責め。一人で背負うにはあまりの巨重で、いつ潰れてしまうかもわからない。それでも誰かと共に背負うことはこの疼きが拒否する。
現に存在している私、否、何の理由も無くただ偶然的に必然的に存在しているこの私以外の、誰が存在し得ないものの沈黙の呻きを聞き届けられようか――――?
母親の苦悩を悟ったのだろう、子供用の椅子に座っていたモニカの子どもがぐずり始めた。
想起から意識を取り戻して、慌てて赤ん坊を抱きかかえ、揺すってみてもダメだった。
母親とは己であり己とは母親であり―――モニカが押しつぶされそうになったのなら、彼女の子どももまた同じ感情を抱くものだ。幼子はまだ、場としてしかしか生きていないのである。
夕方からの時間が始まったばかりでちらほらとしか客が居なかったし、この静かなレストランに訪れる紳士淑女は若い母親と赤ん坊に微笑を浮かべる品位を持ち合わせている人々だった。だが
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