エピ-ミュトス
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、そんな周りの空気に甘えようという気もモニカはなく、必死に泣き止ませようと頑張っていた。
「ほらダメよ、シーブック……」
店の外に出たほうがいいだろうか―――必死の形相で大声を上げる我が子と、店の中を見回した時、レストランの奥からぱたぱたと女性が駆けてきた。
「よろしくて?」
黒い髪に、自分よりずっと年上なのに、童顔のせいでなんだか年齢がよくわからない女性が小首を傾げた。
シェフの奥さんだ。すみません、と頭を下げながら自分の子どもを彼女に渡すと、慣れた手つきで子どもを抱きかかえた。
「貴女、一人目?」
わんわん泣きわめく子どもを愛子ながら、女性が一瞥だけした。
「はい、最初の子どもで」
「大変よね、一人目だと」
感慨深そうに子どもを眺め、ぽつりと口にする言葉はどこか哀しい。それが何なのか、モニカには知る由も無かった。
女性があやし始めて数分もすれば、赤ん坊はすっかり泣き止んで、女性の腕の中でいつも通り物静かに思案にでも耽っているようにどことも知れないところを眺めていた。
礼を一つ、女性の手から赤ん坊を受け取って、厨房の奥に戻っていく女性の後姿を見送ったモニカは、赤ん坊を抱きながらもう一度席に座った。
生まれた時の体重は2000gほどと小さく生まれた赤ん坊だったが、今ではすっかり大きくなってしまったものだ。こうして抱えているだけでも腕が怠くなってくる。
もちろん倦怠など感じない。己の産んだ子どもに対し、育てることに酷苦を感じることもある。だが、それ以上に愛おしい存在なのだ。何の条件も無く、ただ愛しいが故に愛する。それが、母親が子に対して抱く生来の感情であろう――――――。
だがそれであるが故に。
逆説的に、己の子に愛を抱けないことは、己の子を無垢に愛することが出来ないことは、なんて、悲しい出来事なのだろう―――。
不意に頬を何かが触れた。というか叩いた。
ぎょっとして自分の腕に抱かれる子どもを観れば、酷く不満そうな顔をしながらモニカの頬を叩いていた。
「何? どうしたの、シーブック」
相変わらず眉間に皺を寄せながら、不満そうな顔でモニカの頬を叩いている―――あ、と、モニカは気づいた。
いつの間にか、強い力で子どもを抱いていた。いてーぞおい、と言いたげな顔を思えば、彼の抗議の顔も頷ける。
慌てて手に込めた力を緩めると、ほっとしたような顔をして、そうして再び虚空を眺めはじめた。
なんだか不思議な子供だな、と、我ながら他人事のように思う。よく、こうして静かにどこかを眺めては、時々思い出したように子どもらしく振る舞うのだ。
大人びた、と言うか、変な子供と言うのか。
名前を付けたのは自分だが、果たしてその名前に何を込めたのだろう。
誰か背中を丸めて本を読む男の姿を見たような―――
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