89話
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己の、否、存在が燃えていく。私という感覚、私、という存在の根源的な経験が喪失していく炎に焼かれて喪失していく。
恐い。ただそれだけでしかない感情が感情と言う時間を等質的に染め上げ、非人間的な存在へと変化していく。プライベート収奪された存在へと鈍化していく。
理想があった。かつて誓った夢。身体に傷を負いながら、心が現実に押し潰されながらも願い続けた果てのない永劫の円環の旅路。道はあまりに長く険しくて、何度も打ち砕かれてきたけれど。
それでも。
それでも、いつか、と。
その想いだけで生きてきた。
消えていく。己の生の証、私と言う存在の澪標がぼろぼろと輪郭から毀れていく、無くなっていく。
己が喪失する。別な何ものかに歪んでいく。己が崩壊していく―――。
理想も喪い。
記憶も喪い。
何も、喪い。
既に彼という存在は、その比類なさを喪失した。そこに存在するのは、ただ肉体の命令に従って肉を動かすだけの有機的な機械でしかない。
機械は何の意味も見いだせない。ただ己がそのように動作するという自然法則の元に稼働するだけで、そこには人間の尊厳の重さは何も無い。
灰になって空に舞う記憶。
散り散りになった想いはもう、自分でも、どんなカタチをしていたのかさっぱり思い出せないけれど。
微かにだけ。身体が覚えている。
己がかつて抱いていた理想がどれだけ美しく輝いていたのかを。どれだけその想いが尊かったのかを。
覚えてる。
だから行こう。
たとえ己が己でなくなってしまっても。
たとえ機械でしかなくなった自我が壊れてしまったとしても。
歩みを進めよう。
たとえ孤独であったとしても。
たとえ誰からも理解されずとも。
この想いは、きっと、間違いなんかじゃ―――。
※
蒼い炎が噴煙を巻き上げる。
怒るように。
恐れるように。
抗うように。
意思を持った蒼い炎が揺らぎ、その度に灰色の人型へと思惟の躍動を叩き付ける。
たかが片手一本、武装はビームサーベルだけ。左腕は切り落とされ、右脚はライフルで撃ちぬかれて喪失している。背中のバインダーも片方を失って片翼で、ビームに焼かれた右の脇腹は碌に形状を維持していない。片手に携えたビームサーベルはリミッターが解除され、反動で右腕からは内側から紫電が迸っていた。
生きていない。動いていることすら奇蹟的で、あと数秒もすれば、その体躯は勝手に自壊していくだろう。
だから、その白い幽鬼に構うことは無く、スラスターを逆噴射させて距離を取ればいい。そうすれば、もう、勝てる。《デルタカイ》は勝手に崩壊していくだろう。その姿を勝利の感覚と共に傍観しているのが、合理主義的な考えである。そして戦争とはロジカルな場である。
――
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