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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
88話
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(―――クレイ)
 少女の声が、頭の中で響いた。
 頭の中に溜まった重油を洗い流し、そのまま脳みそに刻まれた皺の1つ1つ、細胞同士の隙間にすら沁み渡っていく声。
 機体が触れ合うことによる接触回線の音声だった。
「エレア! その機体に乗っているのか!? 乗っているなら返事を―――」
(―――どこ?)
 濡れた声が耳朶を打つ。《Sガンダム》の体躯が震え、慄きのような機械音が振動となってコクピットの中を震わせた。
(どこにいるの? ねぇ、どこ? 貴方はどこにいるの?)
 年相応の少女の声。弱くて、果敢無くて、縋る物を求める声は幼子のようだった。
 フラッシュバックする。怯える声で自分の存在を求めたあの時の声と同じ声で、それでも違う声。
「俺がわからないのか!? 俺だ、クレイ・ハイデガーだ!」
(―――なんなんだお前は、五月蠅い音ばかり出して!)
 鼓膜を切り裂くような、明確な敵意を持った言葉が心臓を打つ。
 モニカの声が脳裏を掠める。
 サイコ・インテグラルシステムを規定値以上で発動した場合、理性的自我が保てなくなると言っていた。この現象がそれだとでもいうのか―――?
 《Sガンダム》が拳を引き、ボディーブローさながらに《ガンダムMk-X》のコクピットハッチ越しにクレイを殴りつける。さらに膝蹴りが鼻先で破裂した。
(みんな邪魔ばかりして! クレイはわたしが守るんだから! それを邪魔する奴は許さない!)
 密着したまま、さらに《Sガンダム》の拳が肉体を打ち付ける。
 それでも―――否、だからこそ、意識が先鋭化して明敏になっていく。意識の輪郭が明確な形を持つ。
(わたしが居たから―――わたしなんかが居たからクレイが辛い思いをしてるんだから。だから、だから!)
 少女の叫びと共に、ギプスを巻いたような左腕が槍のように迸り、これまでの比較にならない衝撃が《ガンダムMk-X》の有機質部品を破砕した。
 勢いのまま、後方に突き飛ばされ、視界が背後から前方へとスライドしていく。
 少女の声が、エレアの声が身体中に突き刺さる。だから、身体を打ち付ける物理的な痛みなど、己の肉体が崩壊していくことなど、単なる些末事でしかない。
 《デルタカイ》のパイロットの声が頭に響く。所詮エレアはクレイを愛するように人為的に思わされているに過ぎない。
 そんな造り物の偽物の愛だ、と。
 それを、彼女は知っているのだろうか。
 ―――知っているのだろう。
 いつの日だったか。昨日のことだったか、それとも何十年の前―――では時間が合わないから、多分数か月ほど前。
 ごめんなさい、と、ただそれだけを口にした少女の姿があった。あの時はわけがわからないと思っていた。それでも、今なら、ほんの少しだけわかる気がする。彼女の内に沈殿していた膿、それを表
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