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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
87話
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ないし、何よりクレイは智を知りすぎていた。
 だが。それでもどこかで思っていた。この世界、己の生を生きているのは己の力が基盤なのだと。
 それが否定された。理性はその否定を受け入れた。身体もその否定を受け入れた。それでもなお己である、と口にした。
 それでもクレイ・ハイデガーを構成する一部分であり且つ重要な核となる部分、実存から洩れる暗黒の光の眩しさ、己の生の構造体の中心骨子が穴だらけの襤褸だったという事実を受け入れたくなかった。
 だが今ので確定した。無線越しに鼓膜に音を伝える少女は確かにここ数か月、自分の部隊のエンジニアをしていて、その言葉には単なる情報以上の重さがある。
 そして何より―――クレイは、もう、この少女の名前を、思い出せなくなっていた。
(先ほども言いましたが《Sガンダム》はサナリィの資産です。最悪、サイコ・インテグラルシステムの基幹部が装備されている頭部ユニットだけが残っていれば―――)少女の声は、平坦だった。平坦を繕おうと必死で、それでも堪え切れずに波打っていた。
(《Sガンダム》のパイロットの生死は、問いません)
 この女は、今、何を言ったのか。
 その意味が理解できない。先ほどとは違う次元で。
 全身の血液が目まぐるしく回る。沸騰した流血が頭に流れ込み、既に死んでいたはずの感情を増幅させる。
 少女の―――エレアの顔が頭に浮かぶ。
 あどけない少女の顔。無邪気に笑みを浮かべる少女の顔。すやすやと眠る少女の顔。白い肌を淡く染めて、自分を受け入れてくれた少女の顔。
 それを、それを、それを―――。
「それは、命令ですか?」
 咽喉元まで出かかった声を呑込んで、代わり別な言葉を引っ張り出す。
 沈黙は、今度は短かった。はい、と応える17歳の少女の声は罪悪を滲ませながら、それでも抑揚無く、事務的にパソコンにデータを打ち込むように無機的な動作で言った。
「08、了解」
 だから、クレイもそれ以上の言葉も無く、ただそう応えた。
 彼女の名前ももう思い出せない。だが、垢抜けない少女の姿を覚えている。
 17歳。まだ、ハイスクールだって卒業していないような年ごとの、まさに少女なのだ。それも軍属というわけでもない。
 その少女が口にした。
 やむを得ない事情があれば、殺してもいいと。その言葉がどれほどの重さを持った言葉なのか。どれほどの重圧のもとに彼女が口にしたのか。
 それはわからない。わからないから、クレイはそれについて何事を言う資格があろうか。
 それに、可能性の話をしただけだ。上手くやれれば、彼女を、エレアを助けながら《Sガンダム》を確保できる。
「だが本当にエレアが来ているんですか? その、俺は全然わからないのですが」
 沸騰しっぱなしの身体を静めるように、普段通りの声色で言う。
(恐ら
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